ある鉄道駅の元日

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ある鉄道駅の元日

鉄道員になって3年目の元日の朝、午前11時を回った頃、同僚の坂口君は愚痴をこぼした。 「なんで元日はこんなに線路への落とし物が多いんですかねぇ。」 「まあ、そもそも利用者が多いんだから仕方がないんじゃない?」 「寛大で理想的な駅員さんだなあ、太田さんは。オレはもうストレスで破裂しそうですよ!」 毎年の元日、ごった返した駅の中で人にぶつかってスマホを落としたり、小脇に抱えすぎた買い物袋をするりと落としたり、履いていたブーツがホームと列車の間に挟まってブーツを残して足だけ引っこ抜いたからブーツが線路に落ちたりと、大喜利で考えろと言われても思いつかないような独創的なアイディアで落とし物が量産される。今年も例に漏れなかった。 「あ、坂口君はもう戻っていいよ。僕はもう一つ携帯電話の落とし物の対応をしなきゃいけないから、後で戻るよ。」 「気をつけてくださいよぉ。この駅は毎年の元日に不可解に姿を消す人が多いらしいですから。」 坂口君がどうにも気になる言い方をするので、詳細を教えてほしいと質問した。 「いやもちろん人身事故は毎年あるんですよ。どこの駅でも。でもそうじゃなくて、うちの駅の場合は毎年の元日に出る失踪届の中の証言で名前が大量に出てくるんですって。ホームまでは一緒にいたのに、とかが多いらしいです。」 坂口君はいたずらが好きなので、もう一度作り話じゃないのかと確認をすると、この忙しい日に作り話はしないと少し怒られた。 「それよりあれ、早くいったほうがいいかもしれないですよ。」 「え?」 振り返ると顔を真っ赤にした紫のジャンパーを着た60代半ばくらいのガタイがいい男性が睨みを利かせていた。携帯電話を落としたとさっき連絡があった件に違いない。 「坂口君、今の話、気になるから後で詳しく!」 「じゃ、太田さんの奢りの席で。あ、ほら急がないと、あのおじさん顔がどんどん険しくなってますよ。陸上部の本気、見せてあげてください!」 坂口君はいつも僕の陸上部ネタをいじってくる。初めて自己紹介をしたその日、陸上部だというのに走るのではなく砲丸投げをしていたというのが坂口君的に相当にツボにはまったらしく、それ以来、「走り」に関わる話題になると僕が陸上部出身であることを強調してくるのが坂口君の鉄板ネタだ。 ともあれ、ガタイのいい男性の怒りが今以上に膨らまないように全速力で走った。
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