ある鉄道駅の元日

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1月2日の朝、起き上がると若干足に痛みがあった。うまく着地できたつもりだったが、完璧な着地ではなかったらしい。とりあえずニュースを付けると、自分が勤務しているS電鉄に関わるニュースがやっていた。しかも驚いたことに扱われているのは自分が勤務している駅だ。 『あの痛ましい事件から今年で20年が経ちました。当時5歳だった女の子、木下千佳ちゃんが元日に線路に転落し、千佳ちゃんを救出しようと線路に飛び降りた中村洋さん当時65歳も命を落とすという・・・』 言葉を失った。それは昨日助けた女の子と、あの酒臭いおじさんだった。自分が勤務している駅で過去にそんなことがあったとは露も知らなかった。僕も坂口君も20年前と言えば小学校にも上がっていないから、知らなくて当たり前ではあるのだけれど。 『当時、消費者金融に大量の借金をしていた千佳ちゃんの父親・悠馬さんは千佳ちゃんのお年玉をギャンブル目的に使いこもうと取り上げようとしたために母親の瑞穂さんと口論になり、お年玉が入った袋を線路に投げいれ、・・・父親の悠馬さんはその後、千佳ちゃんの死をきっかけに自らの手で命を絶つこととなりました。・・・』 昨日、最後に「もう本当に大丈夫」と言った父親の笑顔とは全く違う、犯罪者のような映りの写真がニュースでは使用されていた。父親もきっと、お年玉の袋を線路に投げ入れたからって自分の娘が死ぬとは思っていなかったに違いない。ろくでもない父親ではあったのだろうけど、自分が見た笑顔だけは信用できるような気がした。 一か月が経ったころ、坂口君から例の失踪届がらみの話が今年は無かったということを聞いた。結局の原因はなんだったのか分からないと坂口君は考える素振りをして首を捻っていた。 今までにあった失踪に関する多数の証言、それは自分の命に代えても女の子を救おうとした人々の優しさの数なんだろう。 「にいちゃん!」と呼びかける中村さんの酒臭い声がもう一度聞きたいと思った。
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