The more one has, the more one wants

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きれいなものになりたいのだ。 別に、宝石のようにきらきらと美しくなくていいから、一際人目を惹くような眩さなんてなくてもいいから。 ただ、せめて見苦しくない程度には。 せめて、きみを不快にして離れようなんて思われない程度には、きれいなものでいたいんだ。 見た目はいくらでも変えられたけれど中身は、心の中までは見た目ほど簡単にどうこうできるものじゃない。 そんなことくらい知っていたはずなのに、どうにももどかしくて堪らない。 きみが見るもの、感じるものがすべてきれいなものだけであったらいいのに。 その中にあわよくば、本当にあわよくば、おれも含まれていればいいのに。 それくらい価値のあるものになれたらいいのに。 多分そういうことを言うとまた怒られるのだろうけど、ゴメンね、そういう考えがふと過る。 だってきみはあまりにもきれいなのだ。 宝石のように美しいだとか、誰の目にも留まるようなぎらぎらした眩さではなくて。 しんしんと降り積もる雪が、朝陽を浴びてきらりと光るみたいに。 真っ暗に思えた夜に、ふと視界に入る小さな星みたいに。 狭い汚部屋の中でも、窓から差し込む陽の光だけでただおれの目を奪ってしまって、触れて漸く現実だったと馬鹿なことを考えてしまうくらいには。 名は体を表すとはよく言ったものだ、ともう何度も感じている。まぁおれの場合はどうだか分かんないんだけど。 どうしたら彼みたいになれるんだろうな。もうダメかな。まだ、だいじょうぶかな。 おれも、あの窓みたいに磨けばちょっとはきれいになるのかな。そもそも心のきれいさって、どうやって計るんだろうな。 だけどおれには彼のすべてが、心までもがきれいに思えるから、まぁフィーリングなのかな。 じいっと観察してみてもどうすればいいのかさっぱり分からない。ううむと首を傾げていたら窓を拭いていた彼がじろりとこちらを睨んで、唇をツンと尖らせた。 陽光を閉じ込めた瞳が奥できらきら光を灯して、怒っているような呆れているようなその表情さえきれいだった。 思わずさっと写真に収めるとチッと舌打ちが聞こえて、絵画みたいだと思っていたその見た目とのギャップに可笑しくなって口角が緩んでしまう。 うん、よかった。ちゃんと凛陽くんだ。しっかり撮れた写真は秘蔵のフォルダへ。クラウドにもアップして別の媒体にもバックアップする。 「アンタの部屋なんだから、くつろいでないでちゃんと掃除してくださいよ。というかいい加減掃除の仕方覚えてください」 「わぁめんどうくさぁい」 「雑巾投げ付けますよ」 「わぁそれはシンプルにやだぁ」 「全くもう…」 部屋の掃除をしたらおれもきれいになれるのかな。小学校とかで、掃除の時間にそんなことを言われた気がする。 どうだったか。話半分にも聞いていなかったから忘れたけれど、何とかは人の心を表すとかなんとか…。 全然覚えてない辺りもうすでに結構ダメな気がするが、彼の呆れた顔も非常にかわい…だいすきなのでおれもゆっくりソファーベッドから立ち上がって隣に立った。 無言で汚れていない雑巾を差し出されるが、おれの出る幕など無さそうなほど窓は既にピカピカである。 すごい。早い。始めたのついさっきなのに。あ、でも。 「なるほど、おれは高いところ専門なワケですね」 「は?今だけですからね。あと数年で追い越しますんで」 「んぁー」 かわいー!あと数年で追い越すって言い張るところも、無自覚にずっと一緒に居てくれるって言ってくれてることも。 やべー。これはおれ悪くない。口角がにんまり上がってても、おれ悪くない。 「あ、馬鹿にしたな」 「してないよー」 「絶対無理って思ってんでしょ」 「思ってないよー」 「嘘くさ…。絶対透羽さんよりも高身長になるから」 「はー?いけめん」 「絶対馬鹿にしてんだろ」 「してないしてない、かわいい」 「ほらぁっ!」 あ、しまった声に出てた。そんでまた怒られたけど、その言い方もかわいい。たまらん。 いつか、数年後。彼の言う通り彼がおれの背を追い越したって、ずっと絶対かわいいって思うんだろうな。 格好良いとも思うだろうけど、かわいいの方が勝るかも。いや、五分五分かも。そういうこと言ったら、今みたいに怒られんのかな。 …数年後も、数十年後も、多分その先も。 彼はきっときれいなんだろうな。 おれにとっては眩くて誰よりも…いやまぁ誰も比較対象にすらなんないんだけど…人目を惹くほど。きれいだな。 前にも、膝枕されながらそんなことを考えてたっけな。いや、大体毎日毎分毎秒思ってるんだけど。 ほんと、相変わらず泣きそうになるくらい、きれい。きれいだ。 窓を拭くのも忘れて隣でぼうっと魅入っていると、ふと陽光を閉じ込めた瞳がおれを捉えた。 また怒られるのかな、と思ったけど彼は無表情だ。 何か考えてるときのカオ。何を考えてるんだろう。 間違いなく、おれのことだなんて思って優越感や胸いっぱいの嬉しさを抱いてしまうおれはやっぱり汚れているのかもしれない。 「………ヘンタイ」 「絞り出した言葉がそれとは」 「いや、さっきから見すぎというか。今日に限った話じゃないですけど、俺が気づいてないとでも」 「気づいてるよね、知ってた」 「知ってた上でその所業。へんたい。あとさっきの写真消してください」 「いやですね」 「こないだもめっちゃ連写してただろ、消せ」 「いやですねぇ」 「何で俺なんか撮るの」 「は?ふざけてるのかい」 「えっ、なんで怒られてんの?」 「撮るでしょ。りょうくんだよ?撮るでしょうが」 「何なんすかその謎理論…意味分からん」 「りょうくんもおれの寝顔撮ってんじゃん。お互い様じゃん?」 「うっわ起きて…。あー、でも、あれはついというか…」 「起きてるときも撮ればいいのに。ポーズ取るよ?あ、脱ぐ?」 「寄りつくなヘンタイ」 一歩近寄ると、一歩遠ざかられた。何だか楽しくなってきて、どんどん近づくとついに壁際に辿り着く。 逃げ場の無くなった彼はちょっとだけ視線を右往左往しながら、諦めたのか顔を上げた。上目遣い…。 「上目遣いとか思いました?」 「思いましたね。コレも保存、と」 「息するように盗撮するな。絶対いつか追い越してやる…」 「盗撮じゃないもん、正面だもん」 「だからまた謎理論…」 陽の光が当たらない壁際でも彼はやっぱりきれいだった。瞳には、太陽の光じゃなくておれがいっぱいに映り込んでいる。 ざまあみろ太陽、なんておかしなマウントを取りたくなってしまうな…。 「凛陽くんも撮っていいんだよ。ほら、さぁ」 「なんでだよ…」 「おれの瞳、すきでしょう」 「うぇ」 「寝てるときじゃあ、撮れないでしょう」 「ううん…ムカつくなぁ…」 「図星だなぁ。ほら、遠慮せずに撮ればいいのに」 「そうまで言われると撮りたくなくなるなぁ」 「ふうん?」 ずいずい迫るともう壁に背中がついてしまった凛陽くんとの密着度が高くなる。もうほとんど抱き締めてるときくらいの近さになって、顔を覗き込むと頬がほんのり赤く染まって見えた。 そもそもこの距離で写真を撮ったってぼやけるだけだろうな。 息が、唇にかかるほどの距離まで近づくと彼がぽそりと呟いた。 「透羽さんは、寝てるときはきれいなのに…」 「え、起きてるときは?」 「たまぁに。たまにきれい」 「いつもじゃないの?」 「んー。どうだろう。ね、どう思う?」 「なんでおれに訊くのかなぁ」 「いつもきれいだよ。多分、まぁ、こんな汚部屋にいても。…たまにちょっとムカつくくらいには」 「ちょっとお世辞入ってた?」 「うんまぁ、いつもは言い過ぎたかも」 「そこは全部本音ですよって言って欲しかった」 「ぜんぶほんねですよ」 「演技下手すぎか…かわいいな」 「うるさいな」 近づきすぎればぼやけて見えないが、やっぱり彼はきれいだ。 何かを乞うように触れるだけのキスを落とせば、緩く微笑う表情にどきりとさせられる。 余裕そう…。段々とこういうことにも慣れてきたんだろうか。誰のせいかな。おれのせいですね。 「写真もいいけど、やっぱこれが一番いいね」 「至近距離でじっと見つめられる立場にもなって欲しい…」 「凛陽くんもよく見てるじゃん。お互い様だって」 「バレてるのかぁ」 「今も見ていいよ、ほら」 「んー、もっかいしてからね」 また、今度はちょっと背伸びして。 そのキスにおれは何かを許されたような気分になって、結局一回じゃ済まなかったけれど。 …でも、そっか。 そうか、おれはきれいなのか。 少なくとも彼が視界に入れてくれるくらいには。おれが見つめるように、おれに気づかれないように見つめてくれるくらいには。 何度言葉で言われてもたまに忘れてしまうから、何度でも言って欲しい。 ひとつ、またひとつと与えられる度におれはどんどん強欲になって、どこまでもきみを欲しがってしまう。 きれいなものでいたい。 見た目だけじゃなくて、せめてきみに見合うくらいには。 隣で堂々と並んで、太陽にすら自慢できるくらいには。 「…はっ、というかとわさん。そうじ…」 「んー、もっかいだけ」 「やっぱきれいじゃないかもしれない…」 「ふふっ、前言撤回はなしね」 「もぉお…」 「きれいだよ」 こつんと額を合わせると、少し下で小さな溜め息が漏れた気がしておれは思わず笑ってしまった。
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