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幽霊屋敷の怪異
「先生、この記事をご覧よ」
「清志君。私は締切で忙しいのだよ」
「いいから見てよ!」
昼下がりの縁側。配達途中に顔を出した酒屋の少年は興奮で鏑坂の袖を掴んだ。彼は仕方なくその新聞記事に目をやった。
「『幽霊?住民が避難騒ぎのアパート』って。これは、東京かい」
「そうみたいだよ。ね、よく読んでよ」
鏑坂、新聞を手に取り読み出した。怪異が起きたアパートの記事には、食器棚がガタガタと動き、扉が勝手に開くと言うものだった。
「すごいな」
「ね?怖いでしょう」
「祈祷師まで呼ぶとは……これは本格的だね」
そう言って新聞を置いた鏑坂。少年は目をキラキラさせていた。
「先生。これはお化けの仕業かな」
「どうかな。まあ、祈祷師を呼んだのなら、それで解決じゃ無いのかい。あ、清志君。これを食べて行きなさい」
「え。いいの」
彼は少年におはぎを勧めた。
「ああ。大家さんの奥さんがくれたんだ。私はもう食べたから」
「いただきまーす。うん、美味しい」
むしゃむしゃ食べる清志少年。彼は目を細めながらお茶を淹れた。
「それにしても。ずいぶん、その話に興味があるんだね」
「だって!お化けだよ?俺、明日行って見て来ようと思っているんだ」
「よした方が良いよ」
「ええ?」
少年。あんこをつけた口で鏑坂を見つめた。
「だって。退治されたお化けが、君に乗り移るかもしれないよ」
「うわ。それはごめんです。じゃ。これで!」
少年は逃げるように帰っていった。鏑坂は微笑んで、空の皿を片付けた。
しかし、この笑顔、翌日には曇っていた。
「あ。いた。先生」
「浜田警部……私は忙しいので」
「何を言う!今、あくびをしていたではないか」
大家の家の縁側で寛いでいた鏑坂。浜田警部に見つかってしまった。やれやれで腕を組んだ。警部はその隣に腰をかけた。
「あら?先生。お客様ですか?お茶を淹れましょうね」
「すまんな!娘さん」
やってきた光子。微笑んで家に入っていた。これを鏑坂、呆れて警部を見た。
「……警部。本当に何の御用ですか?」
「そう、つれなくするなよ」
警部。深くため息をついた。
「実はな。幽霊屋敷の件なのだよ」
「もしかして。新聞記事のですか」
「そうなんだ」
途方に暮れていた警部、相談を始めた。幽霊が出ると言うため。住民たちは祈祷師や霊能力者を呼び、お祓いをしてもらったと彼は話した。
「しかしだね。まだその現象が続いておるようで。今は坊主が南無阿弥陀仏を唱えておるのだよ」
「それが、警部とどういう関係なんですか?」
「私だってそう思うさ!あ?娘さん」
ここで、光子がお茶を持ってきた。彼女の笑顔で警部は恥ずかしそうに頭を書いた。
「いただきます……うん、うまい!」
「まあ?ありがとうございます……どうぞ。ごゆっくり」
「はい……じゃなかった?!先生。私はこの事件を解決せねばならんのですよ」
彼はお茶を飲み、話し出した。
「実はですね。あのアパートには未解決の事件がありまして。それは私が昔、担当したものなんですよ」
「もしかして。殺人事件があったとか?」
「そう、です」
警部はふうと息を吐いた。
「私が若い時の事件です。部屋の一室に女の変死体がありました。犯人は見つからず迷宮入りですわ」
「今の住民たちはそれを知らずに住んでいたんですね」
「まあ。古い話ですからね」
「……で、警部はその未解決事件を。今更、調べようとしてるんですか?」
「先生……私とて今更、犯人をあげようとは思っていませんでしたが、霊媒師がですね。亡くなった女の魂の声だとかで、犯人の話をしだしたんですよ」
新たな情報が入った今、捜査をしなくてはならない状況だと警部は汗を拭いた。
「そうですか。頑張ってください」
「待ってください!?先生も来てくださいよ」
「なぜ私が?」
驚く鏑坂、警部、必死に袖を掴んだ。
「先日、私は先生に協力したはずですぞ」
「それとこれとは別です。しかも私は詩人で」
「いいから!来てください!この通りです」
こうして。半ば強引に彼は現場に駆り出されてしまった。
「うわ、ここですか」
「古い団地でしょう?あ、まだ取材の記者がいるな」
カメラを持った記者達。建物をうろうろ見ていた。そして警部の顔を見て、駆け寄ってきた。
「警部!犯人の目星はついたのですか?」
「警部!亡くなった女性の霊は何を言っているんですか?」
「うるさい!離れなさい。さ、先生、こちらに」
鏑坂、着物姿、下駄の足。彼は建物を外から眺めていたが、やがて階段を登り出した。
「先生、この部屋です」
「今は空室なんですね」
十数年前。女の死体があった部屋。今は綺麗に修理されていた。この部屋を二人はただ見ていた。鏑坂はそのまま窓に近づき、外の景色を見ていた。
「ところで。この団地で起こった現象は何なのですか?」
「ええと、待ってくれ」
警部、手帳を取り出して読んだ。そこにはお盆になると風呂の水が勝手に出る、ラジオの放送に人の唸り声が混ざる、食器棚が開き、部屋の扉が勝手に開く、というものだった。
「その現象は同じ部屋ですか?」
「いいや。離れている。これを見たまえ」
五階建で10部屋の建物。異変があった部屋は繋がっているわけではなかった。警部は眉を顰めた。
「どう思うかね?」
「……さあ」
「君!失礼だぞ。そんな他人事みたいな」
「だってそうじゃありませんか。ん」
ここで。鏑坂、何かに気がついた。
「お静かに」
「え」
「……何か、聞こえませんか」
鏑坂が耳を澄ませている中、警部は真っ青で震えていた。
「聞こえる……うなっているような……警部は聞こえませんか」
「ううう」
「あ?大丈夫ですか」
警部は気絶し、倒れてしまった。
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