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鏑坂。大家の早耳の女将に空き巣に入った家を聞き出した。そして出向き、尋ねた。
「その文字は息子さんの字だったんですか」
「今にして思えば。違うような、そうだったような」
「お返事は、なんと書いたんですか」
「……その日はですね。親戚の法事でいないので、師走に帰ってこいと」
「そして。法事から戻ると家が荒らされていたんですね」
その後、息子に確認するとそんな手紙は書いてないと言われたと母親は涙した。
「警察から同級生を狙ったと聞きました。でも一体誰なんでしょう。こんなひどいことをするのは」
「失礼ですが、心当たりは?」
「あるわけないじゃないですか?あれば対策してますよ!」
「確かに」
悲しみと怒りの母親。彼女に他の被害者の家を聞き出し、尋ねた鏑坂。やはり同じような話だった。
「では。空き巣の前に知らない男が下見に来なかったですか」
「知りませんよ」
「そうですか」
こうして彼が歩いていると道で警部に遭遇した。部下と彼は迷っていたようで鏑坂を見て驚いていた。
「ああ、助かった!って貴様!また邪魔立てを」
「まだそんなに邪魔はしてません。ところで、もしかして迷子になっていたんですか」
入り組んだ道。警部はうるさいと否定した。しかし。汗だく疲労の様子。この道を彷徨っていることを鏑坂は悟った。
「おかしい」
「ああおかしいよ!警察なのに迷子だなんて」
「……そうですよね。この辺の道は複雑なのに」
短時間で空き巣に入った犯人。鏑坂、警部に検討を付け助言した。全く目星がなかった浜田警部。これを念頭に犯人を探した。
「先生!」
「お。清志くん」
「犯人捕まったんだって!」
「ほう?早いじゃないか」
嬉しそうな清志。鏑坂は玄関に座らせた。
「珍しく警察が早く動いたようで。先生、驚かないでください!犯人は同級生の一人だったんですよ」
「へえ」
「そしてそして!なんと自分の実家にもちゃんと空き巣に入っていたんです」
「なるほど」
必死に話す少年。彼は優しく聞いていた。
「考えたものですね……昔馴染みの家に手紙を出して。留守を調べてから盗みに入るとは」
「それにしても。ずいぶん、警察の捜査は早かったんじゃないかな」
「僕もそれを思いました。ええとですね。一人だけ、目撃者がいたんです」
その目撃者。当時の担任の教師だったという。
「その担任だった先生は。母親達から生徒さんが集まる話を聞いていたみたいで。事件の日、その場にいたらしいです」
「まあ、ありそうな話だ」
「……あーあ。でもよかった」
安堵する少年清志、彼はそうであろうと思った。
意地悪な目線で言えば。清志少年だけは事件を未然に見抜けた可能性があった。これを被害者から責められたら敵わない。鏑坂はそこを一番心配していた。
秋の午後。少年がほっとしている顔。彼は笑みを見せた。
「さて。僕はまた詩集を読まないと」
「あ?そうだった!警部が先生に礼を言いたいって言って。これバナナ」
「またバナナ……」
助言の礼のつもりか。警部からの差し入れと清志は畳に置いた。
「でも先生、これは美味しいですよ」
「もちろんいただくよ。そうだ!今度、警部から礼の話があったら、詩集を買ってほしいと頼んでおくれ」
「良いですけど」
少年。ちょっと俯いた。
「買わないと思いますよ?だって、あの警部だよ」
「そうか?ははは」
秋の優しい日差し。ボロのアパート。畳の上にあぐらの二人。この日も笑顔だった。
完
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