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1見知らぬ文
「先生!事件です」
「清志君。僕はその、探偵は本業じゃないんだよ」
東京、下町のアパート。住んでいる男、鏑坂幸ノ心は筆の手を止めた。
「でも。先生はいつも事件を解決しているじゃありませんか」
「たまたまだよ」
詩を嗜む彼。大陸で生まれ育った。親が死去したため日本に帰国。現在は親の残した遺産を口潰し、つれづれに雑誌に詩など書いていた。
そんな鏑坂。知り合いの事件を調査しそれが評判を呼び探偵の仕事が入っていた。
「そんなこと言わないでくださいよ。僕はもう引き受けてしまったんです」
「……全く。どういう用件だい?」
彼を慕う清志少年。配達の途中で耳に入った話をした。
「僕の配達先の話です。そこにいる息子さんに怪文書が送られて来るんですよ」
「怪文書とは?」
「とにかく!来て下さい」
腕を引かれた鏑坂。やれやれで出かけた。そこは一般的な家。手紙の受け取りは大学生の息子の一郎宛だった。割烹着姿の母親は不安そうに鏑坂に手紙を見せた。
「見て下さいよ」
「拝見します……ああ、これは」
美麗な文字であるが曲がっている。そこには恨みつらみが書いてあった。
「それに。うちの息子の行動を知っているんです。その女は」
「どうやら。息子さんに振られた女が未練で書いているようですが」
「それが!うちの息子にはそんな心当たりはないんですよ」
……母親にはそう言っているだけかもしれない。本人に聞かないと。
「警察には届けたんですか」
「ダメでした。被害はないと言われて」
「そう、ですよね」
この母親。興奮中。探偵料金の話もできない様子。一郎も不在である。彼はひとまず今までもらった手紙を受け取って読むというと、母親は後でお礼をすると言ってくれた。
鏑坂、手紙を持ち、アパートに帰ってきた。
……確かに。行動を全て知っているような内容だ。
『映画は楽しかったですか』『昨日の青い服はお似合いでした』という内容。一郎の行動を知っている感じ。かなり近くにいて、彼を把握していると鏑坂は思った。
手紙をどんどん読んでいくと、差出人は叶わぬ想いに苦しさを募らせているように感じ捉えた。
……いかんな……手紙を無視されていることに立腹しているようだ。
殺しを示唆する言葉があったら。警察も動くであろう。しかしこれにはそこまで書いていない。相手は賢いようだ。
鏑坂、手紙を返す時に一郎に話を聞いた。
「僕にはそんな恨みを買うような女性はいません。振られたことはありますが、振ったことなんかないです」
「ちなみに現在は?」
「母には言っていませんが、お付き合いをしている女性はいます」
一郎。その彼女に何かあったら怖いと話した。しかし学生の身。女性との交際を親にはまだ隠したいと打ち明けた。
後日。鏑坂はそっと一郎を尾行した。学生の彼は好青年。男友人と一緒に過ごしている彼に接触するような女性はいない。聞き込みにて彼の話を聞いても悪い話はなかった。
……女遊びをしているようには到底見えない、な。
接触するくらいなら手紙などは送ってこない。手紙の主が見えない鏑坂。ここで手を打ってみた。
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