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3恐ろしき被害者
「でも貴様!歩けるからと言って。自殺とは限らんだろう」
「ええ、そうです。奥様はある意味、加害者なんですよ」
彼はそう言うとちらと主人を見た。
「話しますね。大奥様は寝たきりのふりをして。お嫁さんの態度を試したんです。箪笥に現金を入れたりしたのもそうです」
「現金?」
「ええ。お嫁さんが盗むかどうか、試したんでしょう。そうしてお嫁さんは、まんまと罠にかかり、そのお金でカフェに通ったんです」
彼は手帳を読み上げた。
「奥様は豪遊しています。若い男の恋人もいます」
「なんだって」
驚く警部と主人、鏑坂、淡々と続けた。
「……ご主人が毎週帰宅が遅い日があります。奥さんはそこでカフェに通うようになり、知り合った男性と内密になってます」
「信じられん」
「推理はこうです」
亡くなった大奥様。嫁への猜疑心にて寝たきりのふりをし、現金を箪笥に入れた。すると嫁はその金を盗み、若い男と遊んでいた。
「大奥様はこれを知った。いや、嫁に罠を張ったと言うわけです」
「どうやって」
「……ご自分で追跡なさったんでしょう」
亡くなった奥方の部屋。そこに彼は案内した。
「まず。大奥様は寝たきりと思われています。そこで、こうやって布団の中に布団を人型に丸めれば」
「おお。母さんが寝ている姿だ?」
「でもな。頭はどうする。そのままではいかんぞ」
「これは、部屋にあった奥様の毛糸の帽子です。これをおきますね」
「おお」
銀糸の毛糸の帽子。まるでそこには老婆が寝ているよう見えた。
「探偵さん。これはわかりました。外出もできたでしょう。しかし、母はどうして二階に上がったのですか?そこがわかりません」
「それは大奥様の動機です……大奥様は寝たきりですが。嫁の不貞を知った。しかし嫁に夢中なあなたが自分の話を信じないと思ったのでしょうね」
「そ、それはそうかもしれません」
悲しく俯く主人。警部は気の毒そうに見つめていた。
「なので。大奥様は自害をし、犯人を嫁にしようとしたんです。そうすれば警察はお嫁さんのことを調べて、浮気のことを息子のあなたに伝えてくれるからです。これは大奥様が命をかけた嫁への告発なんですよ」
「なんと言うことだ」
頭を抱える主人。こうして鏑坂の推理は静かに悲しく終わった。
◇◇◇
この後の調べにて、嫁はその時刻に男の家にいたことが判明した。鏑坂、後日、中河原の家に呼ばれた。
「その節はおせわになりました」
「こちらこそ」
「色々ありましたが、嫁は一旦、実家に帰しました。あ?これは謝礼です」
「どうも」
受け取った鏑坂。主人は彼に尋ねた。
「なぜ、あなたは嫁が金を盗んだと思ったんですか?」
「箪笥の着替えです」
鏑坂が見た時。箪笥はびっしり隙間なく衣服が入っていた。それがおかしかったと彼は話した。
「なぜですか?服が入っていただけでしょう」
「……そうですか?一般的に服を着ていたり、洗濯中だったり。棚の中には常に空きがあるはずですよ」
「なるほど」
「おそらく。そこには金が入っていた。それを盗ったことを隠そうと、お嫁さんが自分の服で埋めたんですよ」
「ああ、納得です」
母と嫁を失った彼。ふっと悲しい笑みを讃えた。
「母さんの言う通りでした。あんな嫁をもらわなければよかった」
「では、私はこれで」
悲しみの主人。鏑坂、そっと屋敷を後にした。黄昏の帰り道。そこに少年がついてきた。
「旦那様。僕、この事件でわからないことがあるんですけど」
「なんだい?」
「……大奥様はどうして寝たきりのふりをしたんでしょうか」
「それは。あれだ、お嫁さんを試すためさ」
「じゃあ。寝たきりのふりをしなければ、お嫁さんは悪い事ができなかったんじゃないですか」
「まあ。そうなる、か」
北風、埃が舞う町、鏑坂、下駄の足で歩いた。
「『被害者が犯人』か。なるほど」
「探偵さん?」
「そうだ?このお金でタロウに餌をあげてくれないか」
「お肉の餌ですか?」
「うーん……」
彼は風に吹かれながら答えた。
「高級餌で心を釣るのはよくないか?君、鰹節でいいよ」
「ぷ!先生、それは猫だよ?」
「あ?そうか」
笑顔の帰り道。屈託のない少年の笑顔。懐寒い探偵鏑坂、本日の事件、これにて締めた。
完
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