2悪者

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2悪者

「鏑坂さん、また手紙が来ましたよ」 「清志君。預かってきてくれたんだね」 「はい!これです」 アパートで読んだ内容。それはいつもと様子が異なる。喜びに満ちた言葉だった。 『あの女と別れたのは正解です。目が冷めてよかったですね』 という内容。鏑坂、納得でうなづいた。清志は不思議そうな顔をした。 「先生。どうしてこんな手紙が来たんですか」 「……まあ。いいさ。して。今度は一郎君が頑張る番だな」 鏑坂、一郎に指示の内容を手紙にした。そして一週間後、一郎がアパートにやってきた。 「鏑坂さん、おかげさまで誰だか分かりました。でも驚きでまだ信じられないです」 「……まあ、お茶でもどうぞ」 一郎。湯呑みの湯気を見ていた。 「まさか。男だとは思いませんでした。良い友人だと思っていたのに」 顔色が悪い一郎。鏑坂は気の毒に見ていた。 「鏑坂さんのいう通り。僕は男友達に大学ノートを借りたんです。そうしたら筆跡が合う奴がいました」 「確たる証拠ではないけどね。して?彼は失恋のことを知っていたかい」 「はい。僕が何も言っていないのに。やけに優しくて。今度の日曜日は空いてるなら遊ぼうって誘ってきました」 「恋人がいなくなったから休日が空いていると知っていたんだな」 はあ、と一郎はため息をついた。 犯人の男。友人が少なく大人しい性格。自分にとっては知り合いの一人であると一郎は話した。 鏑坂、そっと窓の外を見た。 「もしかすると。彼にとって親しい友人は一郎君だけかもね」 「そんな?僕はそんなつもりじゃないです。ただ、挨拶する程度ですよ」 「向こうはそう思っていない、という話だよ」 一郎、頭を抱えた。 「どうしよう。彼女とはまだ交際をしているのに」 鏑坂、お茶をずずと飲んだ。そして、膝を立て語り出した。 「問題はこれからだ……犯人は君の家のゴミを漁り、偽の失恋手紙を拾うことまでしている」 「それって。ゴミ泥棒ですよね?逮捕してくれないですか」 「その程度では罪には問えないだろうし。かえって一生、恨みを買うだけだよ」 「ああ?僕は大学でどう過ごせばいのでしょうか……」 鏑坂。窓の外の青空を見た。 「その彼って。趣味はないのかな」 「趣味ですか」 「おそらく。彼は頭が良くて暇なんだろうな」 鏑坂、立ち上がった。そして窓を開けた。 「食うに困るなら仕事をしているはずだし。勉強はしなくてもついていける余裕がある。だから彼は一郎君を追いかける事ができるんだ」 「そうですね。彼は裕福で成績は良いです」 「それに。僕の経験上、その相手は一郎君が好き、というか、憧れているところがあるように思える。例えば君と一緒にいると楽しい食事会や旅行に誘ってもらえるみたいな」 「確かにそうです。実際に声をかけたことがきっかけです」 「ならば。やることは見えてきたね」 鏑坂、にやと笑った。 後日。鏑坂のアパートに果物と封筒が届けられた。 「先生!探偵料と果物です」 「おお?これはすごい」 「あの家のおばさんも一郎さんも喜んでいましたよ」 清志。畳に上がって語り出した。 「先生の言う通り、一郎さんは犯人の男の趣味を聞き出して、そっちの同好会を紹介したそうです」 「ほお」 「そこには同じ趣味の人がたくさんいて、一郎さんには話しかけてこなくなったそうです」 他にも。一郎は見た目は好青年だった。これも目立つと省みて、今では地味な服装にし、思い切って勉強を進めていると話した。 「テストを受けて他の大学に編入したいんですって。そこに交際相手の女性がいるみたいで」 「そう、か」 「でも。おかしいですよね」 清志。口を尖らせた。 「一郎さんは何も悪いことをしていないのに。一郎さんの方が編入したりしないといけないなんて」 「……そうだね」 鏑坂、頬杖をした。 「でも。無理して悪者のそばにいることはないさ。昔からいうだろう?逃げるが勝ちって」 「そうですけど」 「まあ。そのバナナでも食べようじゃないか」 腑に落ちない清志。鏑坂と一緒にバナナを食べた。 「でも先生。僕はまだ納得できない」 「ずいぶんしつこいね」 「だって。向こうが悪いのに」 ここで。鏑坂。小首を傾げた。 「おや?……悪いのは一郎君かもしれないよ」 「え」 「犯人は孤独だった。唯一仲良くしたいのは一郎君だった……でも一郎君は恋人ができて相手にしてくれない。だから必死に手紙を送り自分の思いを伝えていた……」 「それは」 「そして。失恋したと知った彼は、気の毒な一郎君を慰めようとした。しかし彼はこれを拒み、優しい彼を同好会に押し込み、彼から去ろうとしている」 「確かにそうかもしれませんが。あまりに自分勝手です」 「人は皆、自分勝手なんだ。僕も。君もね……さて。一郎君にお礼の手紙を書こうか」 鏑坂、言付けをかいた。 「先生。僕読めないです」 「『自己韜晦(じことうかい)と読む。脳ある鷹は爪を隠す、と言う感じかな」 「……ふーん」 こうして清志は帰っていった。鏑坂。少年の遠のく足音を聞いていた。 ……一番の悪者は、私だな。犯人の心を弄んでしまった…… 一郎にわざとゴミに捨てさせた偽の手紙。これの指示は自分。この手紙を真に受けて犯人は一郎が失恋したと誤解をしている。騙しているには違いはない。 秋の空は高かった。乾いた空気の部屋。鏑坂は思いにふけて、今日も畳に寝転んだ。 完
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