1048人が本棚に入れています
本棚に追加
2 廃墟の謎
老人が呼んだ警察官。彼もまた骨を咥えた猫に腰を抜かした。そして現場は物々しいものになった。
「して。第一発見者は君か」
「探偵の鏑坂です。それにですね。第一発見者は私じゃないです、この隣人であるご老人です」
「お。俺か?」
鏑坂。警察を老人に任せて一人、推理した。
……おそらく。これが家主の姿だ。では、誰がここに住んでいたんだ?
集まった警察官たち。それを知らぬ猫達はにゃあにゃあと泣いていた。やがて崩れ屋敷に警官達が入って行った。
「うわ?臭い」
「猫だらけだ」
「ここか?おい、みろ」
ガラクタだらけ。警官はその中に着物姿の骸骨を発見した。
「おい、隣に住むご老人。死体をちょっとを見てくれ」
「俺か?やだよ」
嫌がる老人。しかし、他に老婆を確認できる人物が少ない。鏑坂、彼と一緒に遺体を確認した。
「うえ?た、確かにここの婆さんだ、着物に見覚えがある」
「……指輪をしてますね。それにここは寝床のようで。綺麗に骨になっていますね」
「なんだ!お前は」
探偵の血が騒ぎ。鏑坂は現場を確認した。
……遺体に乱れはない。猫が骨を持ち出しただけだ。それに、この指輪。高価のようだ。
そして彼は荒屋の室内を見た。
……整然としている。誰かが生活をしているような様子だ。土間には足跡、それに、タバコの後。
「どけ!探偵か何か知らぬが、現場を荒らすな!」
「わかりました。では、参りましょう」
彼は顔色の悪い老人を連れて屋敷を出てきた。
「ひでぇものを見せられちまったぜ」
「そうですか?綺麗な遺体でしたよ」
「お宅、何屋さんだよ」
「探偵です。あのですね。最後にこのお婆さんに会ったのはいつですか」
それは思い出せないほど前だった。
鏑坂、その間、届け物をしていたという八百屋に向かっていた。
「すいません。あの猫屋敷について教えて欲しいんですけど」
「猫屋敷。ああ?山本さんのこと?」
店先にいた丁稚奉公の少年。届けていたのは自分だと話した。
「君は届けていたそうだけど。本人には会ってないんですよね」
「うん。お金と、次の注文の品が書いてあるだけで」
「その書いてあるメモは?」
「紙じゃないんだ……いつも土の上に書いてあるんだ」
紙ではないメモ。彼の目が光った。
「他に気がついたことは?」
「お酒かな?ずいぶん飲むんだよ。婆さんのくせに」
「へえ」
「後は、そうだな。晒しの布を持ってこいって」
「晒し」
「うん。親方に話して俺、届けたよ」
「……そうか。ありがとう」
不思議そうな少年を背に鏑坂は思案していた。
そして。また現場に戻ってきた。現場にはまだ警察がいた。
「あ?さっきの探偵か」
「すいません、刑事さん。そろそろ猫を探していよいですか」
「何を言う!貴様。ここで人が殺されていたんだぞ」
犯人探しと騒ぐ刑事。鏑坂、まあまあと制した。
「これから遺体を調べるでしょうが、これは病死ですよ」
「病死?なぜそう思う」
「指輪です」
彼は警官が見張る屋敷の門を見ていた。
「もし。殺しならば、遺体から指輪を取っていますよ」
「……では。どう言うことだ。この屋敷に住んでいたのは誰なんだ」
「猫でしょう」
「はあ?」
「……化け猫でしょうね。居心地が良いから、住み着いていたんですよ」
彼は門に張られたテープを手でそっと触っていた。
◇◇◇
その夜。ある人物はそっと屋敷に戻ってきた。いつもと変わらぬボロ屋。器用にゴミを避けて室内に入った。
……ん?誰かが入ったのか。浮浪者でも入ったのか。
違和感があったが。その人物は疲れていた。こんなひどい場所、たまに浮浪者が寝ていることがある。今回もその類いと思った。そして荒屋の中、蝋燭に火を灯した。
……酒?なんだこれは。
一升瓶。そこに添えられたメモ。酒屋の少年からお中元と書いてあった。その人物は喜んで酒を手に取った。
「そこまでだ!」
「動くな!」
「な、なんだこれは」
気が付くと、彼は警察に取り込まれていた。懐中電灯で照らされた顔。白髪の長髪。ひどい身なりの若い男は驚きながらもスッと立ち上がった。
「貴様。この屋敷に勝手に住んでいたな」
「……くそ」
男。さっと何かを取り出した。それは花火のよう。一瞬で屋敷は炎になった。
「皆の者!怯むな!捕まえろ!」
「煙を吸うな!」
夜の喧騒。火事の中。煙に巻かれて警官達が逃げ出してきた。その男も咳をしながら逃げ出してきた。
「大丈夫ですか」
「あ、ああ」
鏑坂。彼に優しく声をかけた。彼はひどく咳き込んでいた。警官の身なりの男。鏑坂は解放しつつ、その粗末な靴を見つめていた。
「ここは古い屋敷ですから。燃えるでしょうね」
「そ、そうですね」
「あ?大変だ。火の粉が」
鏑坂。彼を守ろうと背に回った。しかし、ガッチリと彼を捕まえた。
「何をする?」
「刑事さん!こっちです、犯人はここです!」
「貴様?」
男は振り向いた。鏑坂、警官の帽子を取り払った。その髪は黒髪で短髪。しかしズボンは警官の制服ではない。この偽警官は暴れた。
必死に男を抑える鏑坂、男を倒した。
「離せ!」
「話を聞くだけです……お静かにお願いします。私はただ探し物をしているだけですから」
そして警官がやってきた。男は警官に放火の罪で逮捕された。
◇◇◇
「ここにおったのか」
「刑事さん」
明け方の焼け跡。ここにやってきた刑事の浜田。まるで戦場後のような現場にいる鏑坂に話し出した。
「白状したよ。あいつは反政府組織の一員で。ここをアジトにしていたようだ」
「反政府組織ですか」
「ああ。貴様の言う通り。あの白髪もカツラでな、今夜も我々のことを知らずに帰って来たようだ」
犯人を誘き出すため。遺体が発見されてこの屋敷。鏑坂は警備を解くことを提案していた。刑事もこれに準じていた。
「結局。男は泥棒ですか?怪我をしていましたが」
「なぜそうだとわかった?まあ奴は強盗もしておった」
「お酒と晒しです」
鏑坂。焼け跡の煙を下駄で消した。
「生活のために泥棒もすると思いましたし。その時に怪我をしていて。自分で手当てをしていたのかと思いました」
「確かに。奴は腕に怪我をしておった。先週、押し入った屋敷の主人に刀で斬られたようでな。その傷を自分で手当てをしておった」
「腕ですか。だから僕でも捕まえられたんですね」
頭脳派の彼。腕力には自慢がない。しかし今回は男を捕縛できたこと、納得できた。
「では男は強盗と。あの屋敷においては放火の罪。他には死体遺棄ってところですか」
「いや。強盗の時に子供を殺しておる。死刑は免れぬな」
「そう、ですか……しかし、いないな」
「あんた。本当に猫だけなんだな」
呆れる刑事。その時、ニャアと声がした。
「あ?……刑事さん。それ、捕まえて」
「これか」
刑事。猫を抱きしめた。鏑坂、目を輝かせた。
「三毛猫か」
「それです!捕まえて!」
彼は用意したカゴに猫を入れた。猫の大将、餌を食べて大人しくしていた。
「ほう。三毛猫のオスか」
「そうですけど。何かあるんですか」
「貴様。知らずに探しておったのか」
刑事、眉を顰めた。
「三毛猫のほとんどはメスである。オスは大変貴重なんだ」
「そうなんですか?
「ああ。オスが生まれるのは三万分の一の確率だ。わしの曽祖父が申しておった。
「そうなんですか」
刑事、複雑な顔で焼け跡を見た。
「この屋敷に住んでいた男。強盗などする前にこの猫を売れば結構なお金になったかもしれぬな」
「それほど貴重とは」
飼い主も知らない話。鏑坂、カゴの猫を覗いた。刑事は虚しそうに続けた。
「しかしだな。なぜ、男はこんなに猫を住まわせておったのだ」
「お婆さんの死を隠すためと、人避けでしょう。遺体の異臭隠しもあったかもしれません」
「……そうか。貴様にはまあ、助かった」
「恐れ入ります。ではこれで」
刑事と別れた鏑坂。ボロアパートへと帰っていた。この時、あの兄と妹に会った。
「お兄さん。猫が見つかったんだね」
「ああ。おかげさんで」
「よかったね」
二人は仲良く手を繋いでいた。鏑坂、何かお礼をしないといけないと思った。
「すまない。今は持ち合わせがないんだ。君たちの家はどこなんだい」
「お寺のそばの……赤いポストのあるタバコ屋さんの隣だよ」
「わかったよ」
「私、お花がいい」
「僕は飴がいい」
「よし!そのうち持っていくよ」
鏑坂。二人の頭を撫でた。こうして兄と妹と別れた。家主に猫を返した彼、早速。兄妹の家を訪ねた。
……なんだここは。
誰もいない家。誰も住んでいる気配がない。彼はタバコ屋に尋ねた。
「すいません。隣の家はどうしたんですか」
「ああ。ひどい事件だったよ」
タバコ屋の女将。涙を流した。
「強盗が入ってね。奥さんと子供二人が殺されて。旦那さんは刀で相手を斬ったそうだけど。今は心が病んで、病院だよ」
「その兄と妹って。もしかして、これくらいの背で。くりくり目玉の」
「そうそう。仲が良い、いい子だったのにね」
鏑坂。思わず息が止まった。女将は続けた。
「あの日。あの兄妹は近くのお婆さん家に出かけて帰ってきたんだよ。みたらし団子が美味しかったって私に話していたのに。帰ってきたその日に殺されるなんて」
「みたらし団子……」
「そう。お婆さんは葬式で嘆いてね。あの日、家に泊めてあげれば事件に遭わずに済んだって」
「……そう、でしたか」
話を聞いた後、彼は家の前に花と飴を捧げた。
……犯人は捕まえたよ。君たちの力だよ。
拝む彼。タバコ屋の女将が彼の隣に立った。
「お前さん。あの兄妹と知り合いだったのかい」
「ええ。そうです」
木枯らしの中、彼は立ち上がった。
「では、これで」
「ああ。気をつけて帰りなさい。今は不景気で、悪い人ばかりだから」
「そうでもないですよ。この兄妹のように、良い人もいますから」
彼はそう言って歩き出した。
木枯らしの道、下駄の音を響かせる坂道。探偵鏑坂、その目は悲しく鋭く、遠くを見ていた。
完
最初のコメントを投稿しよう!