1 歩けないのに

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1 歩けないのに

「あ?鏑坂さんよ」 「大家さん。家賃の件でしたら」 「まだそれは待ってやるよ」 三毛猫を探し出した鏑坂。大家はしばらく家賃は待ってくれると愛猫を抱きながら話した。 「そうだよな?大将?」 「にゃーん」 嬉しそうな家主。鏑坂そろりそろり外出しようとした。 「いや待てよ!?お前さんに仕事なんだ」 「それを早く言ってくださいよ」 大家の話によれば、近所で資産家が亡くなったという。 「でもよ。なんか殺人事件じゃねえかって、警察が騒いでいるんだよ」 「死因はなんだったんですか」 「知らねえよ」 大家の親父。猫を優しく家に入れた。 「その家は中河原っていう家でよ。遺族の人が探偵を探していたんだ。俺、お前さんを紹介しておいたぜ」 「……それは、ありがたいですけど」 玄関前での立ち話。ここで少年が自転車でやってきた。 「あ?あなたが探偵の鏑坂さんですね」 「君は八百屋の」 以前の事件の時の少年。彼はまっすぐ鏑坂を見た。 「そうです。僕、中河原の大旦那さんから、連れて来るように頼まれました」 「ほれみろ!仕事だ」 「では、行ってみますか」 自転車を押す少年。歩きながら事件を話した。 「長く寝込んでいた大奥さんが死んだんだ。みんなてっきり老衰だと思ったんだけど。噂では『歩けないのに歩いた』って話だよ」 「『歩けないのに歩いた』、どう言う意味かな」 「さあ?でも、あそこの家はね」 少年は話をこぼし出した。それは家族構成だった。亡くなった老婦人は資産家であり、中年息子は最近若い娘を嫁にしたと言うことだった。 「それは遺産相続で揉めそうだね。でも。こういう家にはちゃんと遺言書があるでしょう」 「弁護士先生も呼ばれるけど。どう言うことでしょうね。歩けないのに歩いたって」 淡々と話す少年。目の前の屋敷には警察関係者が集まっていた。 「あ。ここです」 「そのようだね」 「じゃ、僕はこれで」 少年は秋風の中、自転車で帰っていった。 「こんにちは。探偵ですけど」 「え。あ、あんたが?は、早く来てちょうだい!」 資産家の家。そこは警察関係者で騒然としていた。彼は使用人に袖を引かれた。客間には主人であろうか、中年の男性が青ざめて立っていた。 「あんたが探偵か」 「はい。探偵です」 「頼む!妻の無罪を晴らしてくれ」 「ん?お前はあの時の三毛猫探偵じゃないか?」 「浜田警部?これはどうも」 猫屋敷以来のご対面。鏑坂、警部に会釈をした。 「貴様。現場を荒らすなよ」 「見せてくださるんですか?助かります」 「ふん!どうせわかる話だしな」 事件現場、階段下。寝たきりだった老婆が二階の階段から落ちていた。まだ遺体が置いてあった。 「……突き落とされた、というよりも、足を滑らせたんでしょうか」 「だがな。この老婆は寝たきりであった。普段はあの一階の部屋。自分では二階へは行けぬのだ」 「なるほど。だから浜田警部は他殺を疑っているんですね」 寝たきりを意味する寝巻きのまま。頭の出血が見て取れるこの現場。鏑坂、脳挫傷が死因と思っていた。 さらに。落下地点。階段からそんなに離れていない。様子から落ちた、と見るのは一般的だった。 「警部!被害者の手に、髪の毛が入ってました」 「おう!どれどれ……おお。これは女の髪だ」 嬉しそうな警部。鏑坂、一緒に見た。 「はい。そうですね。長くてパーマがかかっています」 「だろう?これで事件は解決だ!おい、この屋敷の女を髪を調べろ!」 指示を飛ばす警部。その中、鏑坂、亡くなった老婆の寝室に移動した。 ……整然としている。別段、違和感はない、な。 彼は主人の赦しをもらい、そっと箪笥を開いた。着物や洋服が綺麗に入っていた。 ……おかしい。 「探偵さん」 「ん。奥方ですか」 「はい。あの、どうしてわかったんですか」 彼女の髪。パーマの長い髪だった。鏑坂、眉を顰めた。 つづく
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