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2 容疑者
「探偵さん。どうか助けてください。私は犯人じゃありません」
被害者の手の中の髪の毛。そのことは彼は言わなかった。
「奥さん。警察に聞かれたと思いますが。お亡くなりになった時刻。どちらにおいでになったのですか」
「そ、それは。カフェです」
「喫茶店。どちらの?」
「駅前の。『オレンジカフェ』です」
「そうですか。あの、お気を悪くなさらないでくださいね」
鏑坂。姑との関係を聞いた。
「確かに。良好ではありませんでした」
「それは、何か理由があったのですか」
「死んだ人を悪く言うのはよくありませんが、姑は私の家柄が気に入らなかたんです」
「そうですか」
彼女は思い出したように憎々しげに語り出した。死んだ人間の悪口を言う嫁。確かに二人は険悪であろうと推察した。
「ところで。亡くなった大奥様はなぜ寝たきりで?」
「腰が悪かったんです。その痛みで歩けませんでした」
「そう、ですか」
「おい。そこの探偵。勝手なことを致すな」
警部のストップが入り話は中断。彼は一人、屋敷であるものを探していた。
「おかしいな」
庭を散策の彼。ここで声がした。
「鏑坂さん、どうしたんですか」
「お、八百屋の少年か、ちょっと探し物をね」
仕事の合間。気になって来てしまったと彼は頬を染めた。
「では君に尋ねよう。ここの奥さんは足が悪かったらしいね」
「うん。前は杖をついて散歩していたけどね」
「そう……そうだろうね」
ここでウォン!と犬が駆け寄ってきた。少年、この白く大きな犬を優しくあやした。
「よしよし」
「この犬は?」
「この家の犬です。な?タロウ」
「ウォン!」
「犬……」
考える鏑坂。少年、微笑んだ。
「おいタロウ。お手!そして。お代わり!」
この芸をした犬。鏑坂、拍手した。
「いや?賢いね」
「ウォン!」
「可愛いでしょう?ところで探偵さん。探し物ってなあに」
「ん、ちょっと待った。タロウの口を見せてくれ……取れた、なあ、これはなんだろう」
少年。じっと見た。
「肉ですね。ずいぶん上等な餌ですね」
「ああ、上等だね」
「探偵さん。この家は金持ちですから。餌もすごいや」
「そうだね……ね、君、タロウの家に連れて行っておくれ」
そしてその後鏑坂。奥方のアリバイのカフェに顔を出した。カフェのマスターは彼女を覚えていた。
「さすがマスターです。こんなに客がいるのに。よく覚えておいでで」
「アハハ。あの女、毎週あの時刻に来るもんで。覚えてるんですよ」
「毎週、同じ時刻」
鏑坂、ここからマスターの話しから推理をし町を歩き出した。冬の始まりの道、木枯らしが吹いていた。
◇◇◇
そして三日後。鏑坂は嫁が逮捕されたと聞いた。彼は屋敷に出向き、事件の真相を話すと八百屋の少年に伝言を頼んでおいた。
その時刻。中河原の屋敷には浜田警部も来ていた。
「なんだね?真犯人がいるのかね」
「ええ。どうも。では、お話しします」
主人の前。鏑坂、手帳を広げた。
「まずですね。今回の事件は自殺です」
「え!なんと」
「はあ?母は寝たきりだったのですよ」
驚く警部と主人。彼は続けた。
「奥様は痛みで歩けないだけです。痛み止めを飲めば、歩けます。私はこの家の薬箱を確認しました」
常備薬。補充するのは薬売りである。鏑坂が業者に確認し鎮痛剤がいつも無くなっていた事実を突き止めた。
「これは使用人も知らなかった事です。おそらく大奥様は、補充される日ギリギリに鎮痛薬を抜き取っていたんでしょうね」
「どうしては母はそんなことを」
「実際は歩けることを身内に隠す為ですね。そして、これは成功しました」
これ以外に、彼は奥方の靴下を見せた。
「これが何か?」
「洗濯してありました」
「それは、寒いからだろう。歩いたとは限らない」
「奥様は倹約家。見てごらんなさい。裏がすり減っています」
男達は驚きでこれを見ていた。警部は興奮した。
「では、自分で歩いたと言うことか?」
「ええ。あるものを使って。少年、入っておいで」
「はい!」
彼は元気よく入ってきた。その手には杖があった。
「それは、母のです」
「君?それはどこにあったのだ」
「見ていてください。君、始めてくれ」
「はい」
少年は杖をついて現場までの長い廊下を歩いてみせた。そして、杖を置き、ここからは手すりで階段を登っていった。
「大奥様は必死でしたでしょうね。でも、ここで問題があった」
「おう。杖だろう。これだとどうしても杖が残ってしまう」
「そこでです!おい。タロウ!」
廊下の奥から、犬がやってきた。そして杖を咥えてどこかに行ってしまった。
「なんだあれは?」
「もしかして。餌ですか」
「そうです、ご主人。大奥様は肉を杖に付けておき、タロウに邪魔な杖を片付けさせたのです」
つづく
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