酒は飲んでも呑まれるな (弓月)

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酒は飲んでも呑まれるな (弓月)

(あ~、気が重い…。) 多分、忠相さんは香原の言葉の端々で色々察しているかもしれない。 過去の俺の身持ちの悪さを…。 香原。何て非常識な奴なんだお前って奴は。 もうLIMEもブロックするからな。 炬燵で鍋を囲んでいても頭の中は香原への怒りで蟹どころではない。 忠相さんは何も気にしていないかのように普通だけど…え?もしかして本当に何とも思ってなかったらそれはそれで悲しいな。 「斗和くん、次どれ飲む?レモン?梅?」 「は、え?あ、あー、レモンで。」 「はいよ。」 …びっくりした。チューハイの話か。 忠相さんはほんのり赤くなってるけど、大丈夫なのか。 「海老美味しいねえ。」 「そですね。」 蟹鍋なんだけどな。 お祖父さんは寝ていたのを起こされて、食べてる最中もやっぱり眠そうにしてて、少し日本酒を飲んだら「ねむい…」と言って寝床に行ってしまった。 歳をとるとそんなに常時眠いものなのか。 俺は綺麗に無くなった鍋と使った食器をキッチンに置きに行って、忠相さんのいる炬燵に戻り、先程迄の向かいではなく横に座った。 「片付けありがとう、テーブルは拭いたからね。」 「はい。」 忠相さんは缶の底に残った僅かな液体を煽ると、ふぅ、と息を吐いた。 「あの…忠相さん?」 「うん、なに?」 「先刻の彼奴なんですけど…、」 「……聞きたくない。」 あ、やっぱ怒ってたんだ。 忠相さんの目元がほんのり紅を刷いたように色づいている。 …これ、酒だけじゃなくて、もしかして怒り? 「斗和くんさあ。」 そして、初めて見る忠相さんの絡みが始まった。 「斗和くんって、俺が鈍いと思ってる? 確かに恋愛経験?誰かと付き合った事?とかは、無いけどさあ。 だけど、普通に何を話してるかは察するって言うかー、」 「ですよね!ごめんなさい!」 「さっきのちょーカッコいい彼、もとかれでしょお~…」 「……」 「だってとわくんってー、じぶんよりせのたかいひとがー、すきでしょ…」 「…いや、そんな」 「じゃないとわざわざおれみたいなおめが、えらばないでしょー…」 どんどん呂律の怪しくなってくる喋り方が可愛くてうんうん聞いてたんだけど、言ってる事は的を射てて内心ドキドキしながら相槌を打ったり否定したりしていた。 けれど、わざわざ俺みたいな~、の辺りで顔を見ると、薄ら涙目になっていて焦る。 ぐわ、泣く?泣かせてしまう?ヤバい、どうしよ。 「まんぞく、させてないもん。 ちゅーだって、まだしてくんないし…。」 うるうるうる、と見ている間に涙が溢れてきて、とうとう決壊してしまった。 俺は慌ててティッシュを箱から数枚引き抜いて、忠相さんの頬にあてて落下の防止を図ったが間に合わなかった。無念。 ……ん?いやちょっと待って?忠相さん、今とんでもない事言わなかったか? 「…どうせっ、どうせおれなんか、ただのちしきばっかのみみどしまだし、どーてーだししょじょだし、てくもないし、」 「…童貞処女…」 処女っぽいとは思ってたけど童貞もキープされていたとは思わなかった。 素晴らしいな忠相さん。 「きすだってさっ、おれみたいなねくらおとことはさっ、どうせさっ、」 ……色々突っ込むかフォローしなきゃいけないんだろうが、次々出てくる新情報と、日頃のクールな様からは想像もつかない拗ね方が面白可愛い過ぎて最早目が離せない。 「…どうせ、おれみたいなでかいだけのおめが…とわくんにはふつりあいだよぉ…。」 あ、駄目だ。此処迄だな。 それは言わせちゃ駄目なやつだった。 「ごめんなさい、忠相さん。」 俺は鼻迄啜り出した忠相さんの鼻をちーんさせて、涙を拭いてあげてから、ぎゅっと胸に抱き締めた。 未だ涙が止まらなくてしゃくりあげてるのが愛しい。 多分、色々不安にさせてたんだろうなあ。 付き合いだして間も無いとはいえ、今日やっと手を繋いだくらいだもんな。 それも、忠相さんから。 大事にし過ぎたのか…。 でも俺も、自分から好きになってマジなお付き合いが初めてだから、加減がよくわからないんだよなぁ。 そこに来て、先刻の香原だもんな。 どうやら思ってたより経験のありそうな俺が、自分には全く手を出てないって事らしいぞ?って、不安になったのかも。 「や、やっぱおれじゃないって、おもったんだろぉ…」 忠相さんの思考はどんどんあさっての方へ向かっている。戻ってきて。 酒弱いって言ってたけど、ガチなんだね忠相さん。 「違いますから。タイミング測ってただけですから。」 俺のフォローに、 「うっそだぁ~。」 とまた涙声になる。 いやもう、ほんと勘弁して。 可愛い。 両手で頬をガシッと固定して唇を奪う。 驚愕で見開かれた瞳を見つめながら口内に舌を侵入させて、忠相さんの舌に絡ませて、好きに歯列も上顎も口内全部舐め回して、唾液を啜って、呼吸も奪って。 好き放題暴れてやった。 忠相さんの顔はどんどん赤くなって、目が余計に潤んで蕩けてきて、最後は目を閉じて、俺の背中に震える腕を回してきた。 忠相さんの唾液が甘くて、止められそうにない。 逆に、酔いのせいか普段より強く発散されている忠相さんの匂いに体が反応し出している。 強引に奪ったりなんかしたくなかったのに。 こうなるから、‪α‬に隙を見せてはいけないのだ。
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