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蝶を閉じ込める籠を (香原)
その夜、春原はセフレの一人とレストランにいた。
カジュアルスタイルのイタリアンで、食事よりも飲みたいなと車は置いて来た。
今日は昼の一件から王様もどうやら出かけっぱなしのようで連絡も無いし、久々の自由時間って事で良いんじゃないかな?と、うきうきしながら最近お気に入りのセフレの男に連絡を入れてみたら、直ぐに色良い返事が来たので、待ち合わせをして食事中だ。
生ハムに合う赤ワインを飲んで程良く快い。
少し渋みのしっかり感じられるのが春原の好みで、ついついすすんでしまう。
向かい合わせに座る男は大学の先輩のβ男性だが、なかなか可愛い顔立ちで華奢な体型が春原のタイプだったので、数ヶ月前に連絡先を交換した。
それから数回抱いたけれど、顔に似合わず慣れていて、なかなか具合いが良い。
見慣れないαのペニスに最初は臆していたけれど、回を重ねる毎に受け入れる事にも慣れてきたようで、食事中の今でも熱っぽい視線を送ってきて困る。
今夜は楽しみだな、と春原は目を細めて好色な目で相手を見た。
「春原。」
「へっ……?」
急に呼ばれた驚きで間の抜けた声が出た。
同時に首と肩を抱き込まれて、香原の匂いがした。
「もう……驚かせるなよ。」
今夜は会う事も無いと思っていたのに、しかも何故此処に。
香原とこんなカジュアルで雑な店には来た事が無い。知った店では無い筈なのに。まさか…。
「何で此処が」
「お前のいる場所なんか高校時代からずっとお見通しだ。」
春原は、香原が春原のプライベートには興味が無いと思っていたが、香原は知っていた。
自分と会わない間の春原の動向も。
香原には常に数人、手足となって働く人間がついている。その中には弓月と春原専用の監視役も居て、香原の代わりに耳目となっている。
香原は元々独占欲が強い。
本来、αの独占欲は主に番のΩに発揮されるものだが、今迄、香原にとっては弓月と春原がその対象だった。
しかし弓月に対する執着と、春原に対する執着は少し種類が違った。
弓月に対しては、まあ、弓月はああいう性癖なので、好きに男と寝ていると報告されても、悔しくはあるが、仕方ないと思えた。
春原に対しては、只、自分のモノにした春原の、身の安全を守る為。
それ以上の意味は無かった筈だった。
監視兼護衛の その副産物として上がってくる春原の性事情は、自分に抱かれた後でも春原がオスであり続けているのを物語っていて、その点は香原的には都合が良かった。
何故都合が良かったのかを考えてみれば、どうやら香原が許せないのは、自分が開いた道を誰かに踏み荒らされる事らしい。
番どころか付き合ってすらいないのに、随分身勝手な事だなと、香原本人も思う。
けれど、自分の気持ちの在処を意識出来た今日程、春原にも監視を付けていて良かったと思った日は無かった。
弓月に会ってみて、はっきりとわかった。
自分の気持ちが、とうに春原に向いていた事を。
けれど、それはそれでまた頭の痛い問題がある。
春原は、香原を恋愛的な意味で意識してはいないという事だ。
香原は単に今日迄気づくのが遅れただけだが、春原は純粋に、全く香原を恋愛対象として意識などしていない。
その証拠が、弓月とよりを戻したいなんて事を告げた時にも、もしそうなれば自分は御役御免だな、などと言ってあっさり帰り、そのまま他の人間を呼び出して抱こうなんて事が出来る所だ。
数年、香原に体を好き放題させておいて、その実、気持ちの1つもくれない春原のほうが、自分や弓月なんかより余程 質が悪くて厄介な人間だと、香原は思った。
腕の中には捕まえた春原が目を見開いて自分を見ている。
向かいにはポカンと間の抜けた面を晒し、赤い顔で香原を見ている小さい男。
さて、このどうしようもなく目移りしやすい蝶々(春原)を、どうやって縛ってやろうか。
どう、閉じ込めてやろうか。
そう思い巡らせながら、香原はにっこり微笑んだ。
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