天使の一般論

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「練習うまくいってます?」 「うん?」 「……モデルは本当に俺で大丈夫ですか?」 「あんたじゃなかったらきっと一枚も描けてないけど」  なんでもない事のように言われ、あやふやに目を逸らした。  彼のアトリエには大小さまざまに、色がついていたり線画だけだったり完成していたり未完成だったり、それはもう多種多様にあらゆる絵が散らばっている。  きちんと飾られているのではない。投げ置かれるのとも違う。  ただ単に、散らばっている。扱いが乱雑な訳ではないし微かな傷もついてはいないが、時間をかけて仕上げた作品を保管するにしては少々手荒い。  依頼を受けて着手したという作品だけは、辛うじてきちんと他とは分けて机の上に置いてある。  それらも含めて彼の絵の中に、人物の描写は見当たらない。  多いのは風景画。その次に多いのが自然の生き物。  近所をウロついていたのだろうと推測できる犬猫に至るまで対象は様々であるものの、人間らしき姿はどこにも、ちょっとした影ですら存在していなかった。  彼曰く、描かないと言うよりも、描けない。  彼に人間は描けないそうだ。人間というものの意味が分からないからと。  彼にとって描くと言うのは楽しい行いそのものらしいが、唯一人を描くと言うのは、もはや苦行の域にあるそう。  だったら彼にとって俺はなんなんだと思わなかったと言えば嘘になるが、公園で人目も気にせずふらふらできる男の思考は凡人にはそうそう理解できない。  受け取った封筒を握りしめ、この金額に値するだけの働きはどんな事かと考える。けれど俺が考えたところでまともな答えは出てこない。  彼の目の前で大人しく椅子に座ってじっとしている事こそが、絵のモデルとして何よりも求められる事だろう。  行き着いたのはそんな結論。  彼の仕事のために少しでも、置き物になりきろうと決意した。 「明日も頼むな」 「はい……。また明日」  俺は彼に、雇われている身だ。
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