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さっきだってそうだった。初めてあんなに、近くで触れた。
いつもの彼は俺を描くとき、いくらかばかり離れた位置からこちらを眺めて手を動かす。
けれども今はすぐ目の前。サラサラと鉛筆を動かす音が、普段よりもだいぶ、耳に近い。
「こっち見て。逸らすな」
彼を見る。まっすぐ、彼だけを見る。
静かに出される指示に沿ってほんの少し体勢を変えつつ、視線だけは逸らさない。
わずかに目元をやわらげた彼は、囁くように呟いた。
「そう。いい子」
散歩中の犬や猫を描く時も、彼はこうやって呟くのだろう。
生き物を真っ白な紙の中で生かす。置き物になりきる必要はなかった。
自分の世界で、自分の意思で、自分の思う通りに彼は俺を見る。
「……綺麗だ」
彼を見つめる俺の頭を、彼は一度だけ、やんわりと撫でた。
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