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「晴れた日に外を歩いてきた猫からは太陽の匂いがする」
「はい?」
「雨の日の湿った匂いは嫌いでな。雨宿りしてる猫を見かけるとこっちまで悲しくなってくる」
「はぁ……それは、なんというか……」
彼がキャンバスを見つめる時の、眼差しは繊細でとても優しい。そしていつも真剣だ。
時折その目は俺に向き、逸らすことなく全身を隈なく探られる。
俺をじっくり観察しては真っ白な世界へと写し出し、手を動かしながら一言二言喋っては再び俺を見る。
意味をなしているのかどうかは定かでない。彼が紡ぐ言葉に対してそれなりの返事を差し出しているが、会話とは到底言えないレベルのやり取りが出来上がるだけ。
だから彼は俺の返事を、そもそも期待していないのかもしれない。
どちらかと言うと、ひとりごと。飴を舐める代わり、煙草を吸う代わり、右手ばかりが動かされていて暇になってしまった口を、どうにか使ってやるためだけに適当に喋っているに過ぎない。
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