天使の一般論

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***  いかにもな不審人物でしかなかったはずの男の前で、指示された椅子に腰かけ、丁寧に観察されながらモデルの仕事を引き受けている。  そんなつもりは毛頭なかった。けれど現に今、こうなっている。 「じゃあ、お疲れ様です」 「ああ。ありがとう。また明日も同じ時間に」 「はい」  座ったまま動かず前を見る。時々彼の指示通り、顔の向きとか手の位置とかを変える。  服は着たまま。服装の指示はない。無理なポーズを取らされる事もない。  ただじっと動かずに、時々彼の独り言に自己満足で言葉を返すだけ。それが俺のバイト内容だ。  絵とか芸術とかそういうものにとんと縁のない人生だから、彼が画家としてどんな評価を受けているのかは知らない。  生活環境を見る限り、売れない画家ではないようだけど。  どこにでもいるような絵描き。  彼は自分のことをそう言った。好きだから描いている、とも。  しかしこれまで人間だけは描いた事がなかったそうだ。人物を対象とした絵を描かなければならない仕事が入ったため、どうしたものかと悩んでいたらしい。  数日かけてぼんやりと思いめぐらせてみたその結果、気分転換でもしていればなんとなく描けるような気がすると、そんな途方もないあてずっぽうでフラフラさ迷っていたのがあの公園だったそうだ。結局は変人でしかない。
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