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「これ今日の分な」
「ああ、はい。ありがとうございます」
手渡されたのは味もそっけもない茶封筒。中には今日のバイト代。
絵に興味のない俺が、モデルバイトの相場というものを知らないのは当然のこと。けれども俺が毎回受け取るこの茶封筒の中身が、少なくない金額なのは分かる。
むしろ多いのではないだろうか。ただ座っているだけなのに。
そう思って初日に返そうとしたところ、受け取っておけと押し返された。
その時は大学が冬季期間中だった。バイトを増やそうかと考えていた矢先、彼と出会ってこの仕事にありついた。
コンビニバイトやなんかと比べると破格と言えるほど金になる。
時間も彼が俺の都合に合わせてくれるから、私生活に影響が出ることもない。冬休みが明けた今でも、他のバイトが入っていない時に彼の元へ通う事ができている。
ここまで条件のいいバイトと出会える学生は滅多にいない。
「大学の春休みはいつから?」
玄関まで毎回見送りに来てくれる彼は、律儀なのだかなんなのだか。
ドアを開ける寸前に問いかけられて、年間スケジュールを思い起こす。
「まだもう少し先ですけど……なにか?」
「完成したヤツそれまでには見せてやれるかと」
「そんなにかかるもんなんですか……?」
彼は俺がここに来る度に新しい絵を描きはじめる。デッサン用紙に、キャンバスに。これは練習用だと言って。
人を描いたことがないと言う彼は、人を描くために鉛筆や木炭に撫でさせていった下絵の枚数を、日々着々と増やしていった。
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