1,エクリプス(日食)

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その神の木からとった香料の香りは天界を思わせるほどかぐわしく、人々を恍惚とさせた。 太陽の蝕におびえながらも神の木の香りに陶酔しつつ祈る村人たちの一番後ろにいる少年マナトは、神の木の申し子と祭司に言われていた。 祭司クフスはマナトの祖父であり、祖父の超自然的な力を受け継いでいる可能性が高いマナトは、祭司の後継者と目されていた。 クフスの予言の能力こそ持ち合わせていなかったが、クフスは「マナトには何らかの神秘的な力がある」と断言した。 マナトが生まれた日の朝、1年で昼が最も短い日ではなかったのに神の木の葉が黄金色に輝いたのをクフスは見た。 それに、マナトの二の腕には、神の木の幹にあるのと同じ6つの光芒のある太陽の印が生まれた時からあった。 これこそ神の木の申し子の証しでなくて何であろうと、クフスは考えた。 これまでのところ、マナトは特別際立った能力があるとは思えない、素直で元気な普通の少年だった。ただ好奇心と冒険心が旺盛で、その2つが合体した衝動が今、マナトの心に渦巻いていた。 どんどん太陽が欠けていき、冥界から湧いてきたような闇が正気の世界を蔽うにつれ、村人たちの祈りは最高潮に達した。 「日輪の神よ、我らの罪を許し給え。再び現れ出て、邪悪な闇を追い払い給え!」 祭司が熱のこもった祈祷を唱えると、村人たちは盲目的にそれを復唱した。 マナトもその祈りの輪に加わっていたが、祈りのボルテージがピークに達したと思われたその時、ふと顔を上げた彼は彼方の森の向こうに赤く燃え上がる光を見た。 「あれだ、クフスおじいさんが前に話していた、神の光だ」 村人がこの祭壇の前に集まって祈りを捧げる時に森の方で光が閃くことがあったが、村の長など大人は森の木々が自然発火するのだろうと言った。 しかし祈りの集会の時にかぎって光が見えるので、神の降臨といった神秘的な現象ではないかと人々は噂した。 村の外れにある森は魔物が出没するといって恐れられていて、奥に入ろうとするものはほとんどいなかった。 森の向こうには、荒涼とした原野が地の果てまで広がっていた。それは好奇心と冒険心を持ったマナトのような者の心も萎えさせる、殺伐とした風景だった。 けれども、今マナトが見た光は自然現象のような偶発的なものではない。天界、宇宙といった超越的なものを起源とするとしか思えない光だった。 完全食の闇の中、祈りに集中している人々を尻目にマナトはこっそりその場から抜け出し、盲滅法に駆けていった。 魔物が棲む森の奥目指して。
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