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2,ディプレス(Depress)
「ここはどこ?」
まどかは、白い靄がたちこめた空虚な空間の中にいた。
靄以外何も見えない。自分の体さえ、あるのかどうか判然としない。
「そうか、私は抗うつ薬を過剰摂取して、自殺を図ったのだった」
記憶がいびつな形で彼女の脳裏によみがえる。
この居心地の悪さは、吐き気と似ている。生きている間ずっと、吐き気に付きまとわれた。存在していることの違和感が、私を「ここ」から別の場所へ吐き出そうとしていた。
ほっとできる居心地のいい場所はあるにはあったが、私が長期間いられるわけではない。
自分に合う居場所を探し続けたが、いいと思った場所もしだいに揺らいで私を受け付けなくなる。
人混みは特にいけない。
押し寄せてくる人の波は私を通せんぼし、先に行かせようとしない。
人々は私を攻撃する目に見えない武器を携帯し、接近するとそれを使用する。
人込みや人間自体を避けるようになったが、人気のない山などは自殺への誘惑が罠のように仕掛けられている。
しまいに外出しなくなり、家と病院の往復の日々が続き、生への希望だった薬がある日、手にとってみればジョーカーになっていた。
そして……。白い靄のみの空虚な空間は、幽明の境なのだろうか。
何ひとつはっきりせず、応えてくれるものもない。まどかはそれでも、この状況から脱するために動こうと思った。すると、実際に足を動かして移動しているという感覚はなくても、彼女を取り巻く周囲に変化があった。
靄が少しずつ晴れていき、景色が見えてきた。
景色といっても、靄が形を変えただけのような不毛の土地が限りなく広がっていた。無力感に押しつぶされそうになったが、地の果てとも思える遠いところに何か光っていた。
その光は彼女の興味を目覚めさせ、磁力で引き寄せるように一気に彼女を近くまで寄せた。
「これは……!?」
乳白色の光の帯が、超高速の列車のように目の前を横切っている。風圧もなく、音もたてずに。
時々火花が飛んだが、光の帯には実体がなく電気が流れているのでもなく、光そのものとも異なっていた。
「こんなものは見たことがない」
と呟いて、まどかは自分が今現実世界ではない異質な世界に入ることに気付き、そんな異空間なら未知のものだらけなのはむしろ当たり前だと思った。
現世から弾き出されるような形で自死に至ったと自らを納得させたまどかだったが、この未知の空間でまだ自分・私として見て、感じ、思考している不可解な感触の中、まるで最後の意思のように光の帯に引きつけられた。
「一体、これは何?」
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