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その時、彼の頭の片隅から声が聞こえた。
「マナト、どこにおる」
それは紛れもなく、祭司クフスの声だった。マナトは驚いて辺りを見回したが、人影はなかった。
「クフスおじいさん!? どうして……」
「やはりそうか。わしの声が聞こえるのは、おまえのテレパシー能力が目覚めたからだ。おまえは今、森を越えた荒れ地の所にいるのだな」
「そうだよ」
クフスの超人的な能力にマナトは改めて感服し、怖れを抱いた。
「テレパシーって?」
「わしは今祈りの儀式の最中なので詳しくは説明できんが、テレパシーはこうやって頭の中で会話する能力だ。わしは以前おまえに話したな、子供の頃森へ行って神の光を見たと。それが今お前が見ているものだ。わしはその光の帯を眺めるうち、テレパシー能力に目覚めた」
テレパシー能力……こんな不思議な能力が自分のなかに潜んでいたなんてとマナトは茫然とするとともに、クフスがその能力を保有していることを初めて聞いたと思い当たった。
「そう。わしはテレパシーについて、同じ能力を持ったものにしか話さない。つまり、打ち明けるのはお前が初めてだ。わしは自分の経験とおまえが神の木の申し子であることから、お前がゆくゆくはテレパシーに目覚めるだろうと予感していた。
うむ。完全食の日にとはまさに本物だな」
マナトは頭の中で響く祭司の声に戸惑いつつも、しだいに慣れていくのを感じた。そこで、今自分が直面している大きな謎について率直に尋ねた。
「この光の帯は何かわかる? クフスおじいさん」
「うむ。テレパシーが使えるようになった今、お前に真実を伝える時が来た。いいか、その光の帯は、時間だ」
「時間!?」
意外な答えに、マナトは絶句した。時間の概念は生活に必要で密着していたが、時計と時間が異なるように時間は実体のない抽象的なものだった。それがなぜ光の帯として見えるのか。
「世界、いや宇宙には時間がある。それを支配しているのが、時間の神クロノスだ。太陽と違って目に見えない時間は曖昧で、我々の理解を超えている。
クロノスとて、膨大な宇宙の時間すべてを管理できないだろう。その結果、この世界にはいくつか時間の欠陥が存在する。壁の割れ目から風が吹き込むように、時空の裂け目から本来人間には見ることのできない時間が露出する。
光の帯は、我々の世界のすべての時間だ。過去、現在、未来、それらが混然一体になっておる。そしてその光の帯を見つめ精神を集中させると、わしは耳ではなくテレパシーで別の時間からの声を聞いた。
そう。それがわしの予言の秘密なのだ」
「つまり、未来の声を聞いたということ?」
「その通り。おそらく、お前にも聞くことができるだろう」
「じゃあ、光の帯から飛び散る火花は何?」
「それは、苦しみ悲しむ人々の叫びだ。生の深淵に追い込まれた人々の叫びが、時間を突き破るのだ。それは救いを希求し、祈りに反応する」
それで祈りの時に閃光が見えるのかと納得しかけたマナトに、クフスは「わしはもう儀式に集中せねばならん。では後程」
と慌ただしく告げ、通信を切るようにテレパシーを終了した。
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