筒見斐という少年

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 そして時は流れる。死者の国でもそれは変わらない。  加賀は、今日も、見届け人として、選別の間に向かう。  ふと足をとめたのは、選別の間へと続く外回廊で、薄紅色の小粒の花を見つけたからだ。  青い空に映えるピンクの花弁。黒いズボンのポケットに両手を突っ込んで、寄り添って咲く桜たちを見上げる。  いつも心の隅にあるのは、筒見斐のことだ。  筒見は、今頃、記憶も消されて生まれ変わりの『観覧車』にのせられていることだろう。生前、特に罪も犯していないものは、観覧車にのせてもらえる。  加賀のような「罪人」は、神の赦しを得るまで、神の使いとして働かねばならない。もちろん年中無休の無料奉仕。神の名のもとに死者の国ではブラック企業が罷り通っている。  桜の匂いが加賀の鼻をくすぐる。頬にあたるのは、柔らかな春風だ。優しい陽の光に、筒見の見せた最期の笑顔が重なる。 (生まれ変わったら、もう二度と、選別の間にはくるなよ)  観覧車をおりて、現世に復活したら、筒見の姿は変わってしまう。次に会っても加賀にはわからないだろう。そこまでの能力は神は与えてくれない。  だからせめて、自分が飽きるまでは、筒見斐という人間がいたことを覚えていてやろうと思う。 「加賀さん」  一瞬、桜の花が口をきいたのかと思った。満開の桜の影から現れた、学ランの少年の姿に、加賀は言葉をなくし硬直する。  対して筒見は、朗らかだった。生前の思いつめた感じが消えていて、すっきりとした表情をしている。 「やっぱり加賀さんだ。やっと会えましたね」 「え? いや、お前、なんで? 観覧車に乗らなかったのか?」 「はい。断りました」 「こ、断ったァ?」  そんな話は聞いたことが無い。加賀と同じ見届け人たちも、いつか観覧車に乗せてもらえると思って、毎日励んでいるのだ。 「だって生まれ変わっちゃったら、加賀さんのこと、忘れちゃうじゃないですか。俺、もう一度、加賀さんに会いたくて、加賀さんと同じ見届け人にしてもらったんです」 「……っ」 「ダメ、でしたか?」  上目遣いで見つめられ、加賀の心臓がはねる。死んでいるはずなのに、心臓がやたらとうるさい。死者の国で、生きている時には決して会えなかった相手と、こうして再会するなんて。 「俺がダメって言っても、もう遅いだろうが」  唇の端をゆがめて、加賀は笑みを噛み殺した。嬉しそうな表情なんて、死んでも見せたくはない。いやもう死んでるけど。 (そうか……。俺も、もう一度、会いたかったのか。こいつに)  ふと気づいた。自分の中の本当の気持ちに。忘れたくないというのは、会いたいと同じ意味だったのだ。 「加賀さん、これからは先輩として。色々教えてくださいね!」  無邪気に筒見は自分を見上げてくる。加賀に何を言われても、今さらと思っているのかもしれない。やっぱり大人しそうな奴ほど、後先考えない、とんでもない決断をするものだ。  それでも。  生まれ変わったように明るく笑う筒見に、加賀の仏頂面もゆるんでしまいそうで、少し困った。 [完]  
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