筒見斐という少年

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 まるで映画のように、スクリーンにカラーの映像が浮かび上がった。初めは粗く、徐々に鮮明になっていく。 「ほんとはさ。アイツが死んでくれて良かったんだよね」  切れ味の悪い錆びた刃物に胸を貫かれたような鈍痛を、加賀も感じた。その声の主が、筒見には直ぐにわかったようだった。息を飲んで、スクリーンを見つめている。 「えー。神谷。そんなこと言っていいのかよ。呪われるぞぉ」 「そうだよ、お前、筒見の葬式行って、あっちの親の前で『僕だけ生き残ってすいません』って、号泣したって聞いたぜ?」   「俺も聞いた。クラスのやつらがめっちゃ感動したって言ってたのに、まさか嘘かよ」  誰かの家で、話しているようだった。5.6人くらいの輪の中心で、神谷は得意げに笑った。 「もっちろん。そのほーが、筒見の親にもうぜぇこと言われなくてすむだろ? 後々の面倒は避けてーしさ」 「うわー。悪魔。悪魔だ。こいつ」 「でもなんで死んでほしかったんだよ? お前ら、けっこー仲良かったじゃん。幼なじみだろ?」 「いや、それがさ……」  わざとらしく辺りをうかがうようにして、神谷は言った。潜めた声で。 「筒見の奴、男が好きな奴だったんだよ」  スクリーンの向こうで、どよめきがあがった。マジか、信じられねぇ、気持ち悪い。色んな声が重なる。 「俺にだけってことで、打ち明けてくれたんだけどさ。そんな奴が幼なじみってキモイだろ? どうやってコイツ切ろうかなって思ってたら、死んでくれたからさ。しょーじき、めっちゃ助かったわ」 「お前にだけ打ち明けたって、それって本当はお前のこと好きだったんじゃねーの? 神谷?」 「えー。勘弁だって。だから死んでくれて良かったって言って……」  轟音とともに、映像が不自然に途切れた。スクリーンに飛び蹴りをくらわせて破壊したのは、加賀だった。 「……胸糞悪ぃ」  喉の奥で、怒りをすり潰すように呟く。自分でもゾッとするほど低い声になった。  本当に胸糞悪い。  呑気に眠り続ける神谷も、そしてこんなものを今、見せつける神の野郎も。 「大丈夫、ですか。足……」  下から見上げてくる視線に気づいて、ハッとした。筒見がいっそ心配そうに自分を見つめている。 「は? いや別に。お前のためにやった訳じゃねーからな! ただこーゆー奴らは好きじゃねーんだよ。集団でひとりをどーこー言うような奴らはな」 「……優しいんですね、思ったより」 「思ったよりが余計だっつの」  睨みつつもそう言ってやると、あははと筒見が初めて笑った。笑うと意外にもかわいい。 「ねぇ、加賀さん。いま、俺が見たものって、本当のことなのでしょうか。誰かが俺の心を乱すために作ったもの、とか。ありませんかね」 「……それはねぇだろうな。神はいい加減で、底意地の悪い奴だが、悪魔じゃねーんだ。命のかかった場面で、お前に嘘はつかないとは思う、ぜ」 「じゃあやっぱりさっきのは、神谷が生き返ったら、本当にあるなんだ」  てっきり泣き出すのかと思ってみがまえたが、ぎりぎりで涙はこぼれなかった。逆に筒見は笑ったのだ。  だけどそれは悲しい笑いだった。 「神谷は、余計なこと心配してる。俺の両親にめんどくさいこと言われたくないから芝居したって言ってたけど、俺の両親はむしろ、俺が死んでホッとしてると思う」 「なんでそんなこと言うんだ。俺みてぇなハミダシモノが死んだんなら喜ぶだろーけど、おまえは違うだろ」 「加賀さんは、いい人ですよ。ちょっと最初は怖かったけど」 「なっ……!!!!」  加賀の顔がかあっと赤くなる。最初の怯えはどこへやらで、筒見は完全にリラックスしていた。なんてこった。大人しそうな奴ほど、肝が据わっているのかもしれない。 「でも俺は、両親の望むような普通の子じゃなかったから。弟がいれば、きっとそれでいいんです」 「お前が男が好きってこと、親も知ってたってことか」  筒見の肩がビクッと震えた。それでもすぐに唇がゆるむ。諦観を含んだ顔で、加賀を見てきた。 「すごいな。さすが見届け人ですね。その通りですよ」 「あんま舐めんなよ。いままで何百人見てきたと思ってんだ。その中にはお前みたいな奴もいたしな」        
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