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ただひたすらに白いだけの空間の天井で、雲が渦を巻きだした。もう時がない。神が決断を迫っている。
「もう時間、なんですね」
筒見がぽつりと言った。加賀の表情から読み取ったらしい。目端のききすぎるやつだ。そうやって人の顔色をうかがうのが癖になっているのか。
(そうでないと、生きてこられなかったのかも、な)
世間一般的の普通を押し付けてくる世の中で、普通以外のものを選ぶのは疲れるし、勇気がいる。孤独も感じただろう。幼なじみの神谷にならと思って、秘密を打ち明けたのかもしれないが、結果的にはひどい裏切りにあってしまった。
「なぁ、お前さ。こいつのこと、こいつが言うように、好き、だったのか?」
何も知らず幸せそうに寝こけている神谷の頭を軽く蹴飛ばしながら、加賀は言った。
「……わかりません」
ぽつりと筒見は言った。
「もしかしたら、そういう気持ちはあったのかもしれないけど、今思うと少し違っていたような気がします。だってそもそも僕の初恋の人は……」
「ん?」
なぜかそこで、筒見が加賀を見てきた。思わせぶりな視線に、加賀も動揺しかけたが、筒見はあわてて目を逸らした。
「それより、その、もう俺は決めないといけないんですよね。俺と神谷、どっちが生き返るのか、を」
「あ、ああ。まぁ、そうだな」
加賀の動揺など、神は無視だろう。神は無情だ。待ってはくれない。確かに今が最期の決断の時だ。
死んでしまったふたりのうち、どちらが現実世界に復活するのか。
無意識のうちに加賀は奥歯を噛み締めていた。
「俺は、それでも、神谷が生き返る方を選びます」
春。夜中にひっそりと散る桜のような、儚くて、そして悲しい声だった。
筒見は何を見せられても、気持ちを変えようとはしなかった。
「ほんとに、それでいいのか? お前が死んでも、神谷は感謝どころか、お前を話のネタにするよーな奴だぞ。お前の両親のことは知らねーが、疎まれてるっていうんなら、いっそ憎まれっ子、世にはばかるってやつで、お前が生き返って、今度こそ好きに生きてやったらどうだ?」
「加賀さん……」
俺は余計なことを言っている。
選択を見届けるだけでいいのに、何とかこいつを復活させたいと思ってしまっている。自分らしくもなく、熱くなってしまっている。
最初はこんな弱々しそうな奴、どうでも良かったのに。今は。
「本当にやさしいんですね、加賀さん。やっぱり、俺の初恋の人にそっくりだ」
「な……っ」
「俺の初恋の人は、俺の、従兄だったんです。ぶっきらぼうだけど、本当は優しい人で。年が十も離れてるんで、もう結婚しちゃって子どももいるんですけど、その人だけは俺のことも、ちゃんと見ててくれたから」
だから、と筒見は笑った。
「最期に会えたのが、加賀さんみたいな人で良かったです。本当に、ありがとうございました」
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