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往年のスターが若くして死んだ時、皆がそれを惜しんで泣いた。涙、涙の共演者たちのコメントがテレビに溢れる。
そのスターについてあまり詳しくはなかった加賀も、周りに釣られるように悲しくなった。
あの頃は若かった。それに純朴だった。今の気持ちは少しちがう。
(若くして、って言っても、50歳くらいだったよなぁ? だったらこいつらよりはマシだろ)
加賀の前には、学ランを着た高校生が二人いる。一人は横たわったまま眠っている。そしてもう一人は、座りこんだまま、こっちを見つめている。いかにも冴えない黒縁眼鏡の少年の名は。たしか。
「筒見斐。それで間違いねーな?」
「……」
「おい! 返事は?」
「は、はい」
返ってきたのは、想像通りの怯えたような声だった。もしかしたら震えているのかもしれない。
(歯ごたえのない、つまんなそーな奴だな。さっさと終わらせるか。めんどくせぇ)
「俺は加賀。いわゆる神ってやつの使いであり、お前の選択の見届け人だ」
加賀の声は張りがあってよく通る。特に今は、「最終選別の間」にいるから余計にだ。ここには、家具も何も無い。ただ真白の空間だけが広がっている。
「どういうこと、ですか。選択って、いったいどんな……」
筒見斐は、まるで捨てられた犬のように、こちらを見上げてくる。不安でしょうがないですと眼鏡の奥の黒目にはっきりと書いてある。まぁそれはそうだろう。加賀だって、今でこそ神の使いをやってはいるが、初めてこの選別の間に来た時は、こいつのように怯えていたと思う。
(……ま。あくまで最初だけだったけど、な。状況がわかってからは落ち着いたもんだったさ。俺も)
加賀は選択者リストが記された紙を乱暴にポケットにねじ込んだ。
リストには筒見の名前以外にも、生まれてから今までの記録、友人関係、恋愛遍歴、家族構成、昨日の筒見の夕飯が何だったかなど、興信所より詳しい情報が書かれているが、名前さえ分かれば細かいことはどうでもいい。
神から与えられた、いや押しつけられた役目を果たすのに、『選別者』のことをそこまで知る必要は無い。むしろ情報が邪魔になる。下手に選別者に肩入れしても、ろくな事にならないと、何百回も任務遂行したいまはわかっていた。
「よーし、いいか筒見斐。一回しか説明しねーから、口挟まず、よーく聞けよ」
手を二回打った。乾いた音が、自分たち以外、誰もいない空間に響く。
「おめーと後ろの幼なじみ、神谷だったか。お前らは、さっき死んだんだ。通学中、居眠り運転のバスが突っ込んできてな。本当は二人とも即死だったんだけどなぁ、神の野郎が気まぐれを起こしやがって、お前たちのうち、どっちかを生き返らせてもいいって言いやがったんだ。だからお前らはここにいる」
冷酷ともいっていい声で、加賀は告げる。筒見にとっては、最終宣告となるコトバを。
「お前が選ぶんだ。筒見斐」
厳かに名を呼ばれて、筒見が狼狽えながらも、ゆっくり顔をあげた。目線を合わせてから、加賀は、無慈悲に言葉を続けた。
「お前かお前の幼なじみ、どっちが生き返るか、をな。ただし、時間はそこまで残されていないぜ」
筒見の唇が震えだす。親にさえ逆らったこともなさそうな、おとなしそうな顔がみるみる歪む。今にも泣きだしそうだ。
「お、俺が」
ほう、と加賀は思う。一応、俺というのか。てっきり「僕」というかと思った。そこだけは少し意外だった。
「どうして俺が、決めるんですか? 神谷が決めてもいいハズ、なのに」
(こいつ、見かけ通り、フツーのやつだな)
肩透かしをくらった気分だ。
当たり前のことしか聞いてこない。どうして神はこんなつまらなさそうなやつを選別者に選んだのだろう。
加賀は、赤みがかった髪をかきむしって、溜息混じりに言った。
「だから言っただろう? 全てが神の気まぐれだって。理由なんてあるもんかよ」
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