3人が本棚に入れています
本棚に追加
「先輩が叩いていたユーチューバーのピカリさん、私は大好きです。いつも、本も漫画も映画も一生懸命紹介してくれて。そりゃ、書評家の先輩からすると拙い言葉ばかりかもしれないけれど……あの人の紹介を見て見た映画とか、結構あるんです。それから……あの“異世界女騎士、運命を打破する”も読みました。率直に言って、凄く面白ろかったです。私の小説なんかよりずっと」
「え」
異世界女騎士、というのは。ピカリが紹介して、私がこきおろしたライトノベルのタイトルだった。まさか、よりにもよってあんなものを夏枝が読むとは。しかも、自分なんかより面白い、とまで言うなんて、そんなこと。
「先輩、あのライトノベル読んでないですよね。ピカリさんの他の動画も見てないですよね。それなのに……価値がない、面白いわけがないって叩いたではないですか。それって作品の面白さを、中身じゃなくて……動画で紹介されたとか、見た目とかだけで判断したということでしょう?自分の好みかどうかだけで、面白いかどうかを決めつけたということでしょう?」
夏枝の顔が。くしゃり、と泣きだしそうに歪んだ。
「そんな人の、書評を。おめでとう、を。どうして作家である私が、素直に受け取れると思うんですか……」
何か。
彼女との間でずっと積み上げてきた何かが、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。
嘘なんかじゃない。私は本当に彼女の小説を読んで面白いと思ったのだ、彼女を応援していた贔屓目ではないのだ――そう言いたかった、でも。
読みもしないで、面白くないと決めつけて叩いたのは事実で。それが果たして、同じ作家である彼女の眼にどう映るかということに、まったく気づいていなかったのも事実なのである。
「ごめんなさい」
夏枝は一言そう言って、席から立ち上がった。あとに残されたのは、凍りついたように固まった私と、開かれることもなかったメニュー表だけ。
「あ、あぁ……!」
自分が間違ったことをしたと、認める勇気はなかった。それでも私は、理解するしかなかったのである。
あの時の軽い気持ちで投稿した、たった一つのコメントが。とても大切なものに、けして戻らない罅を入れてしまったという事実に。
最初のコメントを投稿しよう!