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幸いにして、彼女は昨今の素人作家にありがちな“褒め言葉だけ欲しいタイプ”ではなかった。ちょっと厳しい言葉を言われただけで折れるような、柔いメンタルの持ち主ではなかったのである。
『私、もっと上手くなりたい。面白い小説書けるようになって、作家になりたいんです。先輩、手を貸して頂けませんか……?』
『……私で良ければ、喜んで』
勉強だけは無駄にできたので、私は早い段階で県内有数の高校へ推薦合格が決まっていた。受験の追い込み時期であっても、彼女の創作に付き合うことができたのはそのためである。
『まずは、設定からきちんと練る必要があると思うわ。プロットを書く人と書かない人はいるでしょうけれど、貴女は初期の設定をすぐ忘れてしまうようだから、設定もプロットも丁寧に組み上げた方がいいと思うの。少なくとも、登場人物の名前と外見、相関図だけは決めておいた方がいいんじゃない?』
『わかりました』
『プロットって言っても、そんな複雑に書く必要はないと思うわ。なんというか、ざっとした流れと、そこに至るまで原稿用紙何枚くらいを使うかっていう目安よね。……最終的に新人賞を目指すというのなら、枚数制限には気を付けないといけないわ。せっかく書いたのに枚数が多かった、足らなかったとなってしまったら悲しいでしょ?あとで増やしたり減らしたりも大変だから』
『はい!』
彼女は素直で、私のアドバイスを何でも聞き入れた。元々地頭は悪くない夏枝である。ぐんぐん知識を、技術を磨き、提出される原稿も面白いものに変わっていった。私も彼女のアドバイザーというより、次第に彼女のイチ読者として物語を楽しむようになっていったのである。
夏枝との交流は、中学生から始まり、お互いが結婚してからも長く長く続いた。
大学を卒業してしばらくの後、彼女は念願の角間新人賞を受賞。作家、大木夏江として華々しいデビューを飾ったのである。
だが。
――なんでよ、ありえないでしょ!
彼女の作品は、プロになってさらに磨きがかかり、面白くなっているはずなのに。
次の受賞にはいつまでも繋がらず、そして――二冊目以降の売れ行きも、芳しくなかったのである。書評家として少しずつ仕事を貰うようになっていた私は怒り狂った。
世間の人達は、なんと目が曇っているのだろう。
私は彼女の本を褒める書評を、雑誌に掲載し続けた。いつかそれが必ず、夏枝の小説に光が当たる一助となると信じて。
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