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罅割れローズ
私が書評家になった理由は至ってシンプルである。本を読むのが、たまらなく好きだったから、それだけだ。
時代が時代であったために、父はいかにもな亭主関白で、教師はとにかく絶対的な存在。給食で嫌いなものを少しでも残そうものなら当然のようにひっぱたかれる、という時代だった。丁度私たちの親や教師が戦争を体験した世代であったがためである。
逆らってはいけない大人が多すぎた。学校でも家でもそれは同じ。今よりも男尊女卑の気は強かったし、親に従わない子供はそれだけで勘当されて当たり前だと言う者も少なくない時代だった。ようは、抑圧されていたのである。私が通っていた学校が、特に厳しい校風であったから尚更に。
そんな私が自由な世界に逃れられる場所こそ、本の世界に他ならなかったのだった。
孤島で起きる殺人事件。颯爽と現れて、不可能とも思われた密室殺人のトリックを鮮やかに解いていく名探偵。
あるいは、学校で繰り広げられる鮮やかな青春戯曲。王子様のような素敵な少年に、あれは自分ごときがけして触れてはならぬ花だと思いながらもひそかに心を寄せる少女の姿。
異世界転生モノ、なんて言葉が流行るようになったのはここ数年のことではあるが、異世界で少年少女が活躍するような物語は昔から普通にあったものである。まあ、チートスキルなんて言葉なんぞはなかったけれど、それこそ後宮のお姫様にされてしまった普通の高校生の女の子が、元の世界に帰りたいと願いながらも大臣との恋に溺れていく、とか。とにかくバリエーション豊富で、興味深い物語がいくつもいくつも図書館に、本屋に溢れていたのである。
つまり、子供の頃から私はいわゆる“本の虫”というものだった。
そしてそんな私に共感してくれた人こそ、二つ年下の後輩だった夏枝であったのである。
『わ、私……実は読むだけじゃなくて。自分でも、小説を書いてみようと思っているんです。真知子先輩は、本をたくさん読まれるのですよね?なら、私の小説も読んで……評価して、頂けませんか?』
思えば。あれが私の、書評の始まりであったように思うのだ。
こう言ってはなんだが、中学生の頃初めて読んだ夏枝の小説は、お世辞にも上手いとは言えない代物だった。文法もちゃんとなっていないし、視点もバラついていて没入しにくい。登場人物の設定もブレがち。しまいには、最初は黒髪だったはずの少女が最後は茶髪になっていることを見落としていたりする始末。
迷ったが、彼女は私に正直な感想を求めているようだった。これで縁が切れたらと恐れつつ、私も素直に評価を下したのだ。つまり、この状態ではどう足掻いても新人賞の第一次審査を通ることはない、もう少し基礎から勉強し直さなければいけない、ということを。
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