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「ありがとう、アルヴィー」
ヤツガシラのさえずる声を遮るように、トーマが苦笑を洩らした。
「でも、それはちょっと買いかぶり過ぎというものですよ」
それ以上自分のことには触れず、トーマは小雨の帳の彼方を指差した。
「さ、そろそろライブール工房に着きますよ」
フィーネも彼の指し示す夜の奥へと目を凝らす。
夜半の雨降りで判然とはしないものの、周りの閑静で品のいい佇まいは、幼い頃からフィーネが慣れ親しんできた工房界隈そのものだ。
力強い味方と家に帰れたという安堵、それでも先行きの知れない灰色の不安が、胸の底でふつふつと渦巻いてくる。
めまいを覚え、フィーネの視界がふらりと揺れた。
と、その暗転しかけた視界の中に、ぼんやりとしたオレンジ色の光が映った。
はっと首を起こして目を凝らせると、ライブール工房の玄関前に小さな灯りが点っているようだ。
しかしその光はすぐに消えた。
続けて聞こえてきたのは、ぱしゃぱしゃと地面の水を撥ねて走り去る、二つの足音だ。
だが遠のく足音は、雨音に呑まれてすぐに聞こえなくなった。
フィーネの耳元で、ヤツガシラが囁く。
「誰かいたようね、アナタの工房に」
「そのようですね、アルヴィー」
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