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トーマも正面を向いたまま、わずかにうなずく。
「メリエ公が付けた見張りかな? エルマン君の予想どおりでしょう。こちらへ来なかったところを見ると、あの見張りたちは私たちに姿を見られたくなかったのでしょうね」
「何かおかしな罠を仕掛けていないかしら?」
疑り深いアルヴィーの言葉を聞き、彼が肩越しに振り向いた。
その黒い目に思慮深い光が見え隠れする。
「可能性は捨てきれませんが、仮にあったとしても身辺に危害のあるようなものでもないでしょう。フィーネさんは、メリエ公の大切な“花嫁”ですから……」
「ちょっとトーマさん!」
すかさずヤツガシラに咎められ、トーマの表情がみるみる渋くなる。
「失言、申し訳ありません、フィーネさん。どうかご容赦下さい」
『メリエ公の大切な花嫁』、そんな言葉が胸の奥に突き刺さり、思わず体の震えたフィーネだった。
だがすぐに笑みを浮かべ、気丈にうなずいて見せる。
「いいえ、大丈夫です。お気を遣わせてしまって、ごめんなさい」
彼女が言うのと同時に、牛車が停まった。
カートは工房の玄関先に横付けされている。
「それに、うちの工房の玄関は、ハルトと父が力を合わせて組み上げた、特別な鍵が付けられています。わたしと父とハルト以外には、誰も玄関を開けられませんから」
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