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安否を想い、苦しい吐息をつく彼女に、トーマが牛車の上から呼びかける。
「婚約者殿なら、ご尊父と同じくご無事なのは間違いないでしょう」
言葉を選んでいるのか、いつにもまして語調はゆっくりだ。
「一度は廃止した初夜権の復活は、ただでさえ民心の同意は得難いはず。ましてや、正当な花婿と父親に危害を加えることは、危ない橋を渡るよりもさらに危険です。そのくらいのことは、領主メリエ公も重々承知でしょう」
「ありがとうございます。ええ、大丈夫ですよね。ハルトも父も……」
ふ、と小さく息をついたフィーネは、鍵の頭を両手の指先にしっかりと摘まみ、左右に引っ張った。
即座に鍵は横に開き、隠されていた“芯”が姿を現わす。細長い針のような芯は黒い鋼鉄でできていて、尖端は叉股か音叉のように二つに分かれている。
肩からの興味深げな視線を手元に受けながら、彼女は三つに割れたままの鍵を扉の鍵穴に差し込んだ。
そして小さく咳払いをすると、扉に向かって声を上げた。
「ただいま戻りました」
すると扉に差し込まれた鍵が低く唸ったかと思うと、かちりと小さな音が聞こえてきた。
玄関を閉ざしていた錠が解かれたようだ。
ヤツガシラのアルヴィーが甲高い声を上げる。
「面白い仕組みねえ。魔術じゃなくて技術のようだけど、どうなっているの?」
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