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鍵をしまい込み、ナイフを受け取ったフィーネの前で、トーマが布告文を小さく折りたたむ。
「布告文は私がお預かりします。エルマン君がこちらへお邪魔するときまで」
それだけ告げて、布告文を胸元に押し込んだトーマは、小雨の中に待つ牛車へと乗り込んだ。
手綱を執りながら、二人を交互に見遣る。
「それではおやすみなさい。私は河原に戻ります。あとのことはよろしくお願いしますね、アルヴィー。時々、様子を窺おうとは思いますが」
「任せて、トーマさん」
全幅の信頼を寄せた彼の視線に触れて、ヤツガシラが胸を張る。
「こっちは大丈夫。トーマさんこそ何かあれば知らせてね。すぐ飛んでいくから」
フィーネも、トーマに向かって深々と頭を下げた。
心の底からの感謝を込めて、異国の旅人に言葉を綴る。
「今日は本当にありがとうございました。おいしい食事も、すごく嬉しかったです。帰り道、どうぞお気をつけて」
ふふっと笑って応えたトーマが手綱を軽く揺らすと、方術とやらで創られた黒い牛は、ゆっくりと歩き出した。
小雨の奥へと消えてゆく牛車を見送るフィーネに、ヤツガシラのアルヴィーが小さくさえずる。
「さあ、中へ入りましょう。アナタもまずはゆっくり休むといいわ。それで朝になったら、ちょっと追ってみましょうか」
「何を、ですか?」
小首を傾げたフィーネの肩で、ヤツガシラがころころと笑った。
「決まってるでしょ? あの子の暗躍振りを」
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