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「3! 2! 1!」
「佳奈ー! 八時半過ぎたわよ! 元旦なんだからもういい加減に起きなさい!」
下の階からお母さんの怒鳴り声が聞こえる。あーもううるさいなぁ! 新年早々大声出して。もうちょっと寝かせてよ。そう思ってぬくぬくのお布団に包まっていたが、あることに気が付いた。
そう、今日は元旦。ということは、
―――― 栗きんとん対決
昨年、私が二度寝している間にけっちゃんが栗きんとんをきれいに平らげ、勝ち誇った笑みを浮かべていたのを思い出した。
今年こそは何としても栗きんとん対決に勝たなければ! その気力だけで起き上がり、下に降りた。
「おねえちゃん、おはよう。遅いよー」
エプロンをつけているのを見るとお母さんのお手伝いをしていたのだろう。よくできた妹だ。栗きんとんを残しておいてくれればもう言うことないのに。
「あ、あけましておめでとう」
けっちゃんが思い出したかのように付け加えた。
「けっちゃんおはよう。あけましておめでとう。昨日帰ってきたの二時半なの。そりゃあ眠いでしょ」
「言い訳はいいから、おねえちゃんもはやく手伝って!」
前言撤回。お母さんに似て怖くなってきたから、言うこと大ありだし、よくできた妹でもない!
はいはい、と返事をしてとりあえず洗面所に向かった。
顔を洗って、髪の毛を束ねながら、昨日のことを思い出す。楽しかったなぁ。
大学生になってからは、門限がなくなり、友達と遊べる時間も増えた。
そして昨日も、渋谷のスクランブル交差点で友達と年越しカウントダウンをして、そのまま初詣に行って帰ってきたのだ。
つい数時間前の思い出に浸っていると、けっちゃんがエプロンを外しながら洗面所に入ってきた。
「あら、けっちゃん。もう準備できたの?」
「うん、準備万端! 栗きんとん対決、負けないよ!」
「あ、そっちの準備ね。私も負けないよ! テーブル準備の方は?」
「おねえちゃん、何もやってないじゃん。あとはよろしく」
ほんと、かわいい顔して、鬼。
もう自分の役割は終えてすっきりしているのか、妹は話題を変えた。
「昨日のカウントダウンどうだった? やっぱり人たくさんいた?」
「いたいた、なんであんなにみんな来るんだろうね」
「いや、そういうおねえちゃんだって行ったじゃん」
「あ、確かに」
そういわれてみれば、そうだ。
二人でクスクス笑って話を続ける。
「カウントダウン、年越しジャンプしたんだよ」
「それ知ってる! #年越し地球にいなかった で盛り上がるやつでしょ?」
「おー、Twitter しないのによく知ってるね」
「友達が、今年はジャンプの瞬間を写真撮ってインスタにあげる、って言ってた」
「へぇー、そうなんだ」
中学生もなかなかやるなぁ。感心していると、
「なんかね、膝を曲げて飛ぶんだって。そしたら高く飛んでいるように見えるから」
けっちゃんがそう言ったので、思い浮かべたらついやってみたくなった。
「あー! こういうやつでしょ!」
「3! 2! 1!」
「あ! おねえちゃん待っ……」
ジャンプ!
**********
「ん? けっちゃんどうした……」
あれ、
「……けっちゃん?」
さっきまで目の前にいたけっちゃんがいない。
一瞬でどこ行ったんだ? あっ!
「やられた! 栗きんとん!」
急いでダイニングに向かったが、誰もいない。
キッチンを覗いて見たが、お母さんの姿も見当たらない。
「ちょっとー、お母さーん、けっちゃん、どこ?」
呼んでみるものの、家の中はシンと静まり返って人の気配は微塵も感じられない。
ただ、栗きんとんだけが変わらずそこにある。
嫌な予感がした。
なにかが、おかしい。
いったい何が起こっているの?
ジャンプしたあの一瞬で、どこかに隠れるなんて絶対無理。
私がジャンプしたら、みんなが消えた。
ちょっと待って。
―――― ジャンプ?
心臓が尋常じゃない速さで脈を打ち始める。
ねえ、今日は1月1日。今、何時?
まさか、ね。お願いだから、動いていて。
恐る恐る時計を見る。
8時59分60秒。
ここには誰もいないはずなのに、どこからか声がする。
「おめでとうございます! あなたは、うるう秒の住人に選ばれました!」
***********
いつか、どこかで、聞いたことがある。
このほしには、うるう秒、というものが存在する。
数年に1度、日本では9時00分00秒の1秒前に、8時59分60秒が入れられる。
そのうるう秒が入れられる日付は、7月1日か、1月1日。
そして、その瞬間にはひとつだけ、絶対に破ってはならない暗黙の掟がある。
それは、
―――― 地球にあるもの時を越えるべからず
掟を破ったあとのことは、知る由もない。
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