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「絵、描くのか」  慎の視線に気づき、雪弥がそれを手に取る。 「たまに」 「どんなの描くんだ」  慎が立って覗きに行くと、雪弥は恥ずかしそうに初めのページを開いた。  慎は雪弥の隣に腰掛けて、雪弥の手元を覗き込んだ。 「へえ……」  紙面を覆っていたのは夜の輝きだった。黒く塗りつぶされた背景の上で、宝石のような彩とりどりの光が瞬いている。慎は感嘆の溜め息をついた。 「すごいな、どうやって描くんだ」  雪弥は棚の上に置かれたクレヨンのような箱と、細いペンを取って慎に見せた。 「このオイルパステルで色を重ねていって、これで引っ掻くんだ」  先がキリのように尖った、見たことのないペンだ。 「綺麗だな」  素直な賞賛に雪弥は嬉しそうに笑う。 「これって塗りつぶす段階から出来上がりを計算して配色してるってことだよな。位置とか順番とか」 「うん。でもそれがズレちゃって、思ってたのと全然違う絵になっちゃったり。そういうのも楽しいよ」  いつになく滑らかな口調で話す雪弥がなんだか可愛くて、慎の心も知らずに浮き立つ。 「他のも見せてくれ」  慎が促すと、雪弥はページをめくって見せてくれた。深い海の底や、夜空の輝きなどが紙面を埋め尽くしている。天を駆ける白い馬、夜の虹、暖かな橙色の灯りが点る小さな家に、真っ白な雪が降り積もる情景などもあった。 「ぜんぶ想像して描いたのか」  豊かな表現力に慎は驚き、目を瞠る。 「考えたり、夢で見たり、色々かな」 「へえ……、ん?」  一枚ページが欠けているところがあった。リングから数ミリのところでミシン目にそって切り取られたようだ。 「ここは?」 「あ…、それ、盗まれたみたいだ」 「盗まれた?」 「いつのまにか無くなってた」  慎は最近寮で頻発している窃盗のことを思った。これもそいつの仕業なのだろうか。 「これ、いつも持ち歩いてるのか」 「ううん。たいていここに置いてある。あ、でもたまに持ち出すこともあるけど。散歩するとき下絵を描くために持っていったり。でもそういうときはカバンの中に入ってるから」  外に持ち出しても、奪うことは難しい、か。だとしたらやはりこの寮の中で……。  雪弥は考え込む慎を不安そうに見つめた。 「何が描かれてたんだ」  「南十字星、だったと思う」 「南十字星」  何故その一枚だったのだろう。慎はしばらく考え込んでいたが、それよりももっと心配すべきことがあることに気付く。 「とにかく気をつけろ。鍵はしっかりかけて、寝るときは特にだ」  真剣な目で忠告する慎に雪弥は目を見開いた。そして控えめながら嬉しそうに頷いてみせる。 「あ」  慎は次のページをめくって、ふと手を止めた。そこに描かれていたのは花火の絵だった。 「描いたのか」  雪弥はわずかに目を伏せて頷いた。慎の胸を温かいものが流れる。  漆黒の背景に鮮やかに浮かび上がる線香花火の光。紙面の両端からそれをつまむ手が出ていて、橙色の繊細な火花が絵の中心で交わっている。  あの夜を、二人だけの時間を、雪弥が大切に思っていてくれたことがよく判り、雪弥に対する好ましさがいっそう募り、同時に同じくらいの苦しさが胸を締め付けてゆく。
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