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 出荷時刻ぎりぎりで作業を間に合わせ、ぐったりとしながら寮に戻ると、同じく俯きながら玄関に向かって歩いてくる雪弥を見つけた。声をかけようとしてハッとする。雪弥はいつかのようにひどく気だるげだった。  そう…、まるで抱かれたあとのように。  立ち止まって雪弥を見ている慎に気付き、雪弥はハッと顔を強張らせた。 「宝井……」  後ろめたげな瞳が揺れる。と、慎の作業着の胸ポケットに入れていた携帯が震え出した。知らない番号からだった。 「……はい」 『宝井君ですか。早川です。瀬野君はもうそっちに着きましたか』  慎の目が瞬時に険しくなる。 「どうして俺の番号を」 『そんなことより、瀬野君を介抱してあげてください。あんまり聞き分けがないので今日は一服盛ってしまいましたから』  慎の心臓が嫌な感じに跳ねた。雪弥を見るとその顔が蒼ざめるのが判った。 「早川、あんた……!」 『嫌がって暴れるので無理やりブチ込んでやりましたよ。まあ、最後はいつも通り、尻を振って悦んでましたけどね』  カッと一瞬で頭に血が上り、怒りで全身が震え出す。ブツッと通話を切ると、慎は雪弥の腕を掴み、引きずるようにして自分の部屋に連れ込んだ。雪弥が真っ青な顔でガタガタと震える。 「……何された」  これ以上ないほど低い声で訊く。雪弥は怯えながら首を横に振った。 「何されたって訊いてる」 「なに、も」 「じゃあコレはなんだ」  慎が雪弥のシャツの襟元を乱暴に広げ、紅い所有欲の印を暴くと、雪弥はハッとして手でそれを隠そうとした。 「違っ、これは」  慎はムカムカとこみ上げる怒りを、なんとか理性で抑え込もうと努力した。  判っている。雪弥が悪いのではない。これは強姦だ。だがどうしようもない怒りが、激しい(ほむら)となって全身を焼く。 「違う、ほんとにオレ、」  雪弥は宝井の作業着に必死で縋りながら、クラリと眩暈を起こしたようにその場にくずおれた。 「瀬野……?」  慎は雪弥の首筋に手をあて、ひどく熱いことに気付く。チッと舌打ちをすると雪弥の膝裏に腕を差し入れて、ベッドまで運び、横たえた。それから冷えたミネラルウォーターのボトルを冷蔵庫から取り出し、栓を開け、雪弥の身体を起こしてその唇に当てる。 「飲め」  雪弥は小さく唇を開け、注ぎ込まれる水をこくこくと飲んだ。濡れた唇とそこから覗く舌が艶めかしくて慎に劣情をもたらす。 「クソッッ!」  吐き棄てた声の鋭さにビクッと反応して、雪弥は水を零してしまう。そんなことにさえ慎の怒りは増幅され、雪弥が咳き込むのも構わずに乱暴に水を送り込み続けた。  零れた水が雪弥の薄い胸元を濡らしてゆく。腕を引けば簡単に抱き込めるほどの軽い身体だった。  だがその身体の中には男を狂わせる淫らな花がある。どこか丸みを帯びた尻や優美な腰のラインは、男達に散々弄ばれ、抱かれ慣れたどうしようもない色気を醸し出す。  最初に感じていた嫌悪は、いつのまにか烈しい苛立ちと焦燥に変わっていた。焼けつくような嫉妬が慎の身を焦がす。雪弥の身体に乗り上げた慎の、身体の中心に根付いた熱に気付き、雪弥がサッと顔をこわばらせた。 「あ……、」 「なんだよ、慰めてくれんのか」  冷たく言葉を投げつけると、雪弥は泣きそうな目をして、それでもそっと身を起こした。  それからおずおずとためらうように手を伸ばし、慎の作業ズボンのファスナーを下ろすと、そっとその昂りに触れた。その瞬間フワッと覚えのあるトワレが香り、慎はカッとなって雪弥を突き飛ばした。雪弥が目を見開き、怯えたように慎を見る。 「お前を誰かと共有する気はない」  言い放った瞬間、その言葉の傲慢さと滲み出る己の独占欲の強さに愕然とする。  雪弥は傷ついた目をいっぱいに見開き、唇を震わせた。 「宝井だけ、ほんとに、オレは」  苦しげにそう告げたあと、雪弥は思いつめた目でおもむろに服を脱ぎ始めた。ジーンズを脱ぎ、それから震える手で下着までを下ろし、息を呑む慎に向かって白い尻を突出した。床に手をつき、獣の姿勢を取る。 「な…に、やってる」 「抱かれてない……、逃げてきたんだ」  雪弥は顔を真っ赤にして、涙声で訴える。 「やめろ」  雪弥は腕の代わりに肩と頬で身体を支え、震える両の指で白桃のような自らの尻を割り開いた。血が沸騰するような感覚に慎はゴクリと喉を鳴らした。  雪弥の秘められたその場所は驚くほど小さく、また情交の名残などまったく感じられないほど慎ましく閉ざされていた。 「信じて宝井、ほんとに、ほんとに何もされてない」  慎はたまらなくなって立ち上がった。  雪弥が弾かれたように振り向く。  泣き濡れた顔があまりに憐れで、慎はクソッと鋭く吐き棄てると部屋の出口へと向かった。 「宝井!」  雪弥の悲痛な声が投げかけられる。だが慎は振り向くことが出来なかった。  こめかみがドクドクと烈しく脈打ち、頭がガンガンと痛みだす。  雪弥の言葉を信じられずにあんなことをさせた自分が情けなくて、どうしようもなく腹が立って、けれど醜い気持ちを止めることもできなくて、行き場のない思いに雁字搦めになる。  守りたいだなんてとんだ思い上がりだ。嫉妬のひとつもコントロールできない。なんて狭量な人間なのだろう。  早足で廊下を抜け玄関へと向かう。靴がうまく履けなくて苛立ちがピークに達し、慎はその靴を掴むと玄関の扉に向かって思い切り投げつけた。   それから何日かして、寮内の窃盗犯が判明した。深夜、食堂の辺りでうろうろしているのを見咎めた古参の工員が問い詰めたところ、あっさりと吐いたらしい。一年ほど前に入社した、真面目な仕事ぶりが評判の男だった。  盗まれたものは彼の部屋に無傷で保管されており、元の持ち主に返されたようだが、その中に雪弥の絵があったという話は聞かなかった。  事件は内々で収められ、その工員はそれからすぐ工場を去った。  崎谷からあらましを聞いた慎は、雪弥にそのことを告げようかとも思ったが、結局話し掛けるきっかけも掴めず、そのままとなった。
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