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はあ…はあ…っと夜の空気を荒い呼吸が貫いてゆく。硬い石畳の静かな坂道に、慎の重い靴音がガツガツと無粋な音を響かせた。
混乱はまだ去らなかったが、少しずつ理性が戻ってくるのが判った。それでもその足で横浜まで来てしまうほどの焦燥が、慎の全身を烈しく昂らせていた。
坂道の上まで登り切って、そのアパートを見上げる。紺野の部屋にはまだ灯りが点っていた。
慎は外階段を二段飛ばしで駆け上がった。もし眠っていたって今夜会うつもりだった。
それがどんなに自分勝手な行動だとしても。
ドアの呼び鈴一回で、紺野はすぐに出てきた。まるで慎が来るのを予期していたみたいに。
「慎君……」
慎の尋常ではない様子に、紺野の目が見開かれる。慎は開かれたドアを押し広げ、半ば強引に玄関へと身体を滑り込ませて紺野の目の前に立った。
荒い息のまま紺野を見下ろす。
「どうしたの、こんな時間に」
「知ってたんですか」
紺野は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにハッと目を見開いた。それから不安げに揺れる目で慎を探るように見つめ返す。
「……知ってたんですね」
慎が低く言うと、
「お母さんから、聞いたの?」
紺野は引き絞るような声で返した。
血が逆流するような感覚を覚え、慎は唇を震わせながら、穴が開くほど紺野を見つめた。
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