6

3/4

277人が本棚に入れています
本棚に追加
/58ページ
 はあ…はあ…っと夜の空気を荒い呼吸が貫いてゆく。硬い石畳の静かな坂道に、慎の重い靴音がガツガツと無粋な音を響かせた。  混乱はまだ去らなかったが、少しずつ理性が戻ってくるのが判った。それでもその足で横浜まで来てしまうほどの焦燥が、慎の全身を烈しく昂らせていた。  坂道の上まで登り切って、そのアパートを見上げる。紺野の部屋にはまだ灯りが点っていた。  慎は外階段を二段飛ばしで駆け上がった。もし眠っていたって今夜会うつもりだった。  それがどんなに自分勝手な行動だとしても。  ドアの呼び鈴一回で、紺野はすぐに出てきた。まるで慎が来るのを予期していたみたいに。 「慎君……」  慎の尋常ではない様子に、紺野の目が見開かれる。慎は開かれたドアを押し広げ、半ば強引に玄関へと身体を滑り込ませて紺野の目の前に立った。  荒い息のまま紺野を見下ろす。 「どうしたの、こんな時間に」 「知ってたんですか」  紺野は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにハッと目を見開いた。それから不安げに揺れる目で慎を探るように見つめ返す。 「……知ってたんですね」  慎が低く言うと、 「お母さんから、聞いたの?」  紺野は引き絞るような声で返した。  血が逆流するような感覚を覚え、慎は唇を震わせながら、穴が開くほど紺野を見つめた。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

277人が本棚に入れています
本棚に追加