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最寄りの駅で降り、そこから目的の寺まではタクシーを使った。十五分ほどで辿り着いたK寺はこぢんまりとした寺だった。
山門をくぐり、綺麗に掃き清められた参道を歩く。
本堂の両脇には大きなイチョウの木が立っていた。ハラハラと初冬の風に揺れて、金色の葉が次々と落ちる。
慎は思わず立ち止まり、その光景を眺めた。
どこか茫然と立ち尽くす慎を見て、紺野が小さく目を瞠ったことに慎は気付かなかった。
「よくいらっしゃいました」
穏やかな声がして、住職らしき男性が近づいてくる。まだ若い。多分紺野と同じくらいだろう。
慎と紺野は幾分緊張の面持ちで会釈をした。
「住職の斉藤です。宝井さんと、紺野さん、ですか」
「はい。このたびはありがとうございます」
慎が礼を言うと、紺野が驚いたように慎を見た。それを見た斉藤が紺野ににっこりと微笑む。
「宝井さんから連絡を頂いていたんですよ」
慎は紺野に頷いて見せた。
「先にご覧になりますか」
「はい」
慎が頷くと、斉藤は二人を本堂の裏手へと導いた。
そこに広がっていたのは、様々な木々が植わった見晴らしのよい墓所だった。
「ここは……」
紺野が溜め息のように呟く。
「樹木葬、というのを知っていますか」
斉藤に問いかけられ、紺野は静かに首を振る。
「墓石の代わりに故人の好きだった木を植えるのです。墓標として」
斉藤は敷地内に二人を促した。
「今は季節でない花も多いですが、例えばこちらは椿、そのお隣はハナミズキといった具合です。梅や山茶花、キンモクセイの方などもいらっしゃいますよ」
「骨を、直接埋めるのですか」
「いえ、さらし袋に入れて、小さな石棺に収めます。底が土に触れていますから、いずれは土に還ることになります」
紺野はしばらく墓所の中を、戸惑ったように見つめていた。
冬の暖かい光の中、柔らかな風が吹く気持ちの良い墓苑だった。
「合祀されることはない、ということですか」
紺野は真剣な目を住職に向ける。
「はい。このように区画はきちんと分けられていますし、今後も他の方の骨と混ざることは一切ありません。宝井さんが眠る場所をここに決めた理由はそれだったようです」
紺野が弾かれたように身体を震わせる。
「埋葬後、管理はすべて寺で行います。毎年の法要もさせていただきます。宝井さんからはすでにその費用も頂いておりますし、今後の管理費なども一切かかりません」
住職は紺野の心配を取り除くように、一つひとつ丁寧に説明してくれた。
それらが慎にではなく、当然のように紺野に向けて話されていることに、紺野は気付いていないようだ。
「紺野さん、これが親父の心だよ」
「え?」
紺野は戸惑いの目を向ける。
「このお墓は、親父が紺野さんのために用意したんだ」
「――まさか」
住職が柔らかな目で紺野を見る。
「宝井さんは言っておられました。ここに自分が入ってから何十年かして、もしかしたらもう一人、ここに眠りたいという人がやってくるかもしれない。だからその時はお願いしますと」
紺野の目が、零れるように見開かれる。
「……そんな、……だって、僕は」
紺野はひどく混乱していた。
「こちらの、檀家でもないし」
「宝井さんも違います。ここは檀家であるか否かは問いません。宗旨等についても一切問いません。ただ安らかに、自然な形で土に還りたいという方がお選びになるのです」
「でも、僕は、彼とは血縁関係もないし」
「大丈夫なんだ。家族でも友人でも、恋人でも、受け入れてくれる」
慎が斉藤を見ると、斉藤も頷いた。
「その方の火葬証明があれば、どなたでも」
「でも……、でも、僕は……」
紺野がすがるように慎を見る。紺野はまだ、強い罪の意識から逃れられずにいるのだ。
「もういいよ、紺野さん。もういいんだ。俺はもうこれ以上、あなたに諦めてほしくない。今更だって判ってるけど、本当にそう思ってるんだ」
「慎君……」
滲み始めた目で、紺野が弱々しく慎を見上げた。
「受け取ってやってよ、親父の気持ち」
慎が微笑むと、紺野は堪えていたものをポロリと一筋零し、小さく頷いた。
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