8

3/7
275人が本棚に入れています
本棚に追加
/58ページ
 最寄りの駅で降り、そこから目的の寺まではタクシーを使った。十五分ほどで辿り着いたK寺はこぢんまりとした寺だった。  山門をくぐり、綺麗に掃き清められた参道を歩く。  本堂の両脇には大きなイチョウの木が立っていた。ハラハラと初冬の風に揺れて、金色の葉が次々と落ちる。  慎は思わず立ち止まり、その光景を眺めた。  どこか茫然と立ち尽くす慎を見て、紺野が小さく目を瞠ったことに慎は気付かなかった。 「よくいらっしゃいました」  穏やかな声がして、住職らしき男性が近づいてくる。まだ若い。多分紺野と同じくらいだろう。  慎と紺野は幾分緊張の面持ちで会釈をした。 「住職の斉藤です。宝井さんと、紺野さん、ですか」 「はい。このたびはありがとうございます」  慎が礼を言うと、紺野が驚いたように慎を見た。それを見た斉藤が紺野ににっこりと微笑む。 「宝井さんから連絡を頂いていたんですよ」  慎は紺野に頷いて見せた。 「先にご覧になりますか」 「はい」  慎が頷くと、斉藤は二人を本堂の裏手へと導いた。  そこに広がっていたのは、様々な木々が植わった見晴らしのよい墓所だった。 「ここは……」  紺野が溜め息のように呟く。 「樹木葬、というのを知っていますか」  斉藤に問いかけられ、紺野は静かに首を振る。 「墓石の代わりに故人の好きだった木を植えるのです。墓標として」  斉藤は敷地内に二人を促した。 「今は季節でない花も多いですが、例えばこちらは椿、そのお隣はハナミズキといった具合です。梅や山茶花、キンモクセイの方などもいらっしゃいますよ」 「骨を、直接埋めるのですか」 「いえ、さらし袋に入れて、小さな石棺に収めます。底が土に触れていますから、いずれは土に還ることになります」  紺野はしばらく墓所の中を、戸惑ったように見つめていた。  冬の暖かい光の中、柔らかな風が吹く気持ちの良い墓苑だった。 「合祀されることはない、ということですか」  紺野は真剣な目を住職に向ける。 「はい。このように区画はきちんと分けられていますし、今後も他の方の骨と混ざることは一切ありません。宝井さんが眠る場所をここに決めた理由はそれだったようです」  紺野が弾かれたように身体を震わせる。 「埋葬後、管理はすべて寺で行います。毎年の法要もさせていただきます。宝井さんからはすでにその費用も頂いておりますし、今後の管理費なども一切かかりません」  住職は紺野の心配を取り除くように、一つひとつ丁寧に説明してくれた。  それらが慎にではなく、当然のように紺野に向けて話されていることに、紺野は気付いていないようだ。 「紺野さん、これが親父の心だよ」 「え?」  紺野は戸惑いの目を向ける。 「このお墓は、親父が紺野さんのために用意したんだ」 「――まさか」   住職が柔らかな目で紺野を見る。 「宝井さんは言っておられました。ここに自分が入ってから何十年かして、もしかしたらもう一人、ここに眠りたいという人がやってくるかもしれない。だからその時はお願いしますと」  紺野の目が、零れるように見開かれる。 「……そんな、……だって、僕は」  紺野はひどく混乱していた。 「こちらの、檀家でもないし」 「宝井さんも違います。ここは檀家であるか否かは問いません。宗旨等についても一切問いません。ただ安らかに、自然な形で土に還りたいという方がお選びになるのです」 「でも、僕は、彼とは血縁関係もないし」 「大丈夫なんだ。家族でも友人でも、恋人でも、受け入れてくれる」  慎が斉藤を見ると、斉藤も頷いた。 「その方の火葬証明があれば、どなたでも」 「でも……、でも、僕は……」  紺野がすがるように慎を見る。紺野はまだ、強い罪の意識から逃れられずにいるのだ。 「もういいよ、紺野さん。もういいんだ。俺はもうこれ以上、あなたに諦めてほしくない。今更だって判ってるけど、本当にそう思ってるんだ」 「慎君……」  滲み始めた目で、紺野が弱々しく慎を見上げた。 「受け取ってやってよ、親父の気持ち」  慎が微笑むと、紺野は堪えていたものをポロリと一筋零し、小さく頷いた。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!