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10
登校日ではないのか、叶多は朝から、私服姿で右手に何やら荷物の入ったレジ袋を下げて廃旅館の出入り口に立っている。
長袖姿の叶多の左手は袖口からは見えない。
中に入り、恐れる様子もなく、階段をのぼっていく。
昨日はしっかり見ることの無かった2階は日の光が刺さない一階に比べ、廊下の突き当りまで続く窓のおかげで日が差し込み、明るく、廃れてはいるが生気がほどよく感じられるように見える。
2階に上がった叶多は部屋を一つ一つ除き見て回る。
部屋に入ると、昨日見たそれがそこにいた。
叶多はぱっと顔を明るくなり早足で近づく。
「いた」
叶多はレジ袋を床に置き、手を入れ、中から、魚の缶詰を取りだす。次に、さば、サンマ、をふたつずつ、食べきりのささみチキン、四本束の魚肉ソーセージを取り出し、それの前に並べる。
「食べれそうなのかってきたんだけど、」
叶多はつぶやくように言う。
それは体から、カタツムリのように触角を伸ばすと叶多が並べた缶に恐る恐ると言ったようで触れていく。
それを感じたのか、叶多は缶の一つを手に取ると、両手で開けようとして左手首の断面が缶に当たる。
あちゃあと叶多は苦虫をかむような顔をする。
その場に尻をついて座ると、両足を使い缶を左右から挟み込み、右手で、蓋の取っ手に指をかける。蓋を開け、缶の中身がそれに見えるように斜めに前に出す。
それは触角を伸ばすと、中身のサバに触れていく。
恐れるものではないと判断したのか、徐々に撫でるような仕草でサバに触れる。叶多は鯖缶をそれの体に、昨日自分の左手を押し付けたのと同じようにした。
サバはゆっくりとそれの体の中に沈み込んでいく。
それをみて気を良くした様子の叶多は別の缶をさきほどと同じように蓋を開けた。
叶多の足元にからのレジ袋だけが置かれている。
叶多が朝それと出会ったときよりも一回り大きくなったそれを叶多は微笑ましいものをみるような顔ぞしている。
叶多が入れて持ってきた缶はすべてそれが食べ尽くしてしまった様子だ。
叶多がふと左手首を顔に当てるが、ハッと我にかえった表情で手首の断面を見つめ、すぐに右手で顔を掻く。
叶多はそれが目に入ると照れくさそうな顔をする。
「うっかりだよ」
叶多は照れくさそうに言う。
「君はあれ?地球外生命体みたいな」
叶多はおとなしくそこにいるそれに尋ねる。
「一昨日の隕石は君だったんだ?」
それはなにも変化しない。
それの上表面が波打つと、色は内蔵だが、昨日叶多が見つけた鳩を思わせる小さな鳥の羽のようなものが生えた。
それを見た叶多は目をまるくする。
ぎこちない動きながらそれは羽を上下左右に動かす。
叶多は羽を手のひらと親指で挟むようにして持つと、鳥が飛ぶときと同じように真似をさせる。
それは体から触手をのばすと、左手首に絡みつく。
絡みついた手首のからなくなった左手のほうへ触手が手の形を作っていく。
皮膚のない、筋肉と腱がむき出しの形の手のに形づくられてから徐々に、濡れたガラスが乾いていくように皮膚がはられていき、叶多の左手は元の状態に戻った。
「わぁ」と口に出す叶多。
戻った左手はなんの不具合もなく開いたり閉じたりすることができる。
叶多は信じられないと言った表情で、左手をそれを交互に見つめた。
「戻して、大丈夫?」
「また、おなかすかない?」
叶多は心配そうにそれに言う。
それは触手を上にむけ、海に揺れる海藻のように穏やかそうにゆれている。
叶多は左手をそれに絡めると、触手も叶多の指に絡みついた。
叶多はそれを見て安心したように頬を緩める。
「ありがとう」
と叶多は言った。
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