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学校。美術室の時計の針が13時を表している。 教室には生徒立ちがそれぞれ席に座り、話をする。 教室の出入り口の引き戸が開き、美術の先生が入る。 教壇に立ち生徒たちに向かい合う。 「遅れました。授業初めます」 先生が言う。 先生は一番奥の窓側の席に目を向けた。 誰も座っていない。 それを見た先生は眉を潜め、寂しそうな顔をしている。 座席は他に3つ。誰も座っていない席がある。 学校を抜け出したのか、叶多と伊藤は横に並んで車通りの多い歩道を歩いている。 「学校、抜け出して良かったのかな」 不安げな小さな声で伊藤が言う。 「早退するって言ったんだから、悪いことしてないよ」 叶多は言う。 「それに、面白くないじゃん。美術なんて」 クスクスと笑いながら、楽しそうに言っている様子の叶多。 「捕まるかな俺たち」 伊藤が言う。 「伊藤くんは何もしてないんでしょ?」 「うん」 「じゃあ、捕まらないよ。大丈夫だよ。マルと僕がいるから」 伊藤はそう言った叶多の顔を見る。 叶多自身に満ちた顔をして伊藤を見ている。 祭り囃子が聞こえる。 叶多は顔を上げ向かいの歩道を見る。 木々に囲まれた敷地。出入り口らしき石の門の少し奥に鳥居がある。 鳥居の下を、中には浴衣を着た子供を連れた大人や人々がわたあめの袋やヨーヨーを手に持って出入りしている。 神社のお祭りだろうか。 祭り囃子が流れて来る鳥居を叶多は嬉しそうに見ている。後ろで重く沈んだ顔で俯いていた伊藤の方に振り返る。 「伊藤くん、お祭り、行こう?」 「え、」 戸惑った様子の伊藤は叶多の顔と神社を二度見する。 「金、無い…」 とっさに出たような言い方をした伊藤。 「お金、僕、持ってるから、大丈夫」 そう言って叶多は道路の左右を確認し、道路を渡り始める。 伊藤は待ってと言わんばかりの様子で叶多の後をついて道路を渡ろうとする。 右から来た車が道路を渡っていた伊藤のすぐ横で急停止する。 先程の車の運転手が「危ないだろ」と伊藤に向かって運転席から怒鳴りつけているが伊藤は叶多にしか目が向いていないのか、鳥居の下で待つ叶多の元まで走って行く。 神社の敷地はそれほど広くはないようで、鳥居から本殿に続く石畳を囲うように屋台は10あるかないかぐらい並んでいる。 叶多はたこ焼きと掲げられた屋台を見ている。 「伊藤くん、ご飯、食べた?」 「あっ、いや、」 伊藤は首を横に振る。 叶多は駆け足でたこ焼き屋の屋台へと向かう。 伊藤はおどおどと狼狽する。 すぐに叶多は伊藤のところに戻ってくる。 狼狽していた伊藤に気遣ったのか、「こっち」と伊藤を神社の敷地の隅につれていく。 座るのにちょうどよい石像に伊藤を座らせる。 「伊藤くんのぶん」 叶多は手に持っていたたこ焼き2パックの1つを伊藤に渡す。 受け取った伊藤。 顔はうつむきがちだ。 それを見る叶多。「ちょっと待って」と何か思いついたように、また屋台に向かう。 伊藤は呆然とたこ焼きを見る。 「伊藤くん」 叶多の声。伊藤は気持ち重そうに顔を上げる。 叶多は伊藤の前にラムネを一本差し出した。胸にはまだもう一本持っている。 「伊藤くん、ラムネ好きだったよね」 期待を膨らませたような顔で叶多は伊藤を見ている。 「そんなわけじゃないけど、」 伊藤は気まずそうに言う。 「そう、」と叶多は少々残念そうにつぶやく。 「あ、でも、食べるから、飲んで」と叶多はラムネを伊藤の手に向ける。 伊藤はゆっくりと受け取る。 叶多は伊藤の隣に腰掛ける。 「ラムネのビー玉、持ってるよ」 叶多は嬉しそうに言う。 「ラムネ?」伊藤が聞き返す。 「小学4年のとき、伊藤くんとお祭り行ったでしょ?」 伊藤は目を地面に向ける。少しして「あ、うん、」と頷く。 「伊藤くんとラムネ買って、中のビー玉出そうって」言いながら、叶多はラムネの口にあるビー玉をキャップで押す。 プシュっと炭酸が漏れる音。 泡はこぼれない。 「僕がすごくビー玉欲しがってて。それ見て伊藤くんが壁にラムネ投げたの」 叶多はラムネを一口飲む。 「伊藤くんかっこよくて、嬉しかったから、ずっと持ってた」 叶多はラムネの中のビー玉を見ながら言う。 叶多はラムネを置き、たこ焼きのパックを開ける。割り箸を割り、たこ焼きを口に入れる。 美味しそうに、叶多は咀嚼する。 伊藤は思いつく言葉が無い様子で、顔を少し叶多の方に向けたまま黙っている。叶多が渡したたこ焼きとラムネは手つかずのままだ。 「伊藤くん食べていいんだよ」 叶多が言う。 伊藤は叶多を見る。自分を見る叶多と目が合う。 伊藤はたこ焼きの蓋を開く。割り箸を使い、たこ焼きを食べ始める。 夕方。 伊藤の自宅前の道。 隣に叶多の自宅も見える。 「今日、ありがとう伊藤くん。またね」 叶多は満足そうに言う。 「おい、」 伊藤が制服のポケットから財布を取り出すと中から千円札を取り出し、叶多に押し付ける。 「なに、これ」 叶多が不思議そうに言う。 「いいから、」と伊藤は押しつける。 「お祭りのお金ならいらない、いらないよ」 叶多は手で千円札を押し返す。千円冊を持っていた伊藤の腕がだらりと下がる。 「…お前、言わないよな、大丈夫だよな」 声を震わせながら伊藤は言う。 「何を?」と叶多は聞く。 「あの、」 何かを言おうとする伊藤の横を自転車が通り過ぎる。自転車の姿が遠く小さくなったところで伊藤は「丹治のこと、」と苦しそうに言う。 「…言ってないよ伊藤くん」 肩を下げながら叶多は言う。 「警察が聞きに来たんだ。靴の足跡、あそこにあったって」 「マルがもっと食べれたら良かったかもね。廃墟ごと、食べてもらうの」 叶多は冗談ぽく言う。 「笑ってる場合か、アレ、死体消してくんなかったじゃん、」 息を荒くしながら伊藤は言う。 「マル、たくさん食べるかなって思ってて…。原くん、体大きいから、一人分しか…、お腹いっぱいになっちゃったんだね」 「…俺が悪いって言いたいの?」 「悪いなんて言って無い…」 「言ってるじゃん」 肩を丸め、怯えた様子の伊藤。 叶多は安心させようとしているのか、微笑む。 「伊藤くんが苦しくなる理由なんてないから。…僕が全部悪いんだよ」 「じゃあね、」と叶多は寂しそうに後ろ髪引かれるように、伊藤を見つめながら自宅に足を向ける。
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