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自宅の玄関のガラス戸から外の明かりが入り込んでいるからか、家の中は夕暮れオレンジ色に染まっている。 玄関前に濡れた衣服が散らばっている。 叶多はそれを死んだような眼差しで見下ろす。 それからリビングに入った叶多、腕に抱えるほどの大きさの花瓶を持った祖母がソファの上でテレビを眺めているの見る。リビングに置いてあった家具からものが溢れ、床に散乱している。 「かつひろ?」 祖母は言う。 叶多は聞く耳も無く、床に落ちた物を拾い始める。 「ちがう?…おとうちゃん、おとうちゃん?」 祖母は言う。 叶多は落ちていたカッターナイフを手に取る。厚めの物も切れる、グリップがしっかりしている形状のものだ。 裏側に擦れた佐藤勝弘という文字がマジックペンで書かれている。 叶多はそのカッターナイフを祖母の座るソファの前の足の低いテーブルの上に丁寧に置く。 「ねえ、誰、誰だれ?誰なの!?ねえ!!助けて!!どろぼうだ!!」 祖母が叫ぶ。 叶多は視線を戸窓に向ける。 叶多は目を見開く。 戸窓周辺にドロっとした液体が飛散っていた。 赤い。 肉感のあるものがホロホロと窓から落ちた。 「マル、」 言いながら叶多がそこに走り寄ると、一回り小さくなった肉塊姿のマルが自分の肉塊を集めるように触手を伸ばしている。 「マル、」 叶多は急いでマルを抱き上げると、そっと抱きしめ、千切れてボロボロになった体の表面を擦る。 「痛いよね…、どう、したの…?マル、マル…」 声を震わせながら言う叶多。マルに触れる手が服が赤く染まっていく。叶多はマルを片腕に抱えたままもう片方の手で周辺に散らばった肉片をかき集める。 血溜まりの中で肉片を絡みつかせた祖母がいつも使っている杖が叶多の目に入った。 「よしにいちゃん?おにいちゃん?帰ってきたの?また勝手に犬つれこんできたんでしょ!かまれたんだからね!わたし!やめてっていってるでしょ!?もう何回言ったらやめるの!いい加減してよね!!おとうちゃんに言ってやるんだから!!」 ソファの上で祖母が言う。 叶多はマルを抱えたまま立ち上がる。その姿を見た祖母。 「…誰!?誰だお前!!どこから入ってきたっ、ここはわたしの家だ!!!でていけっ出でいけぇッ、いやあああああっ!!!!!殺される!人殺しだ!人殺しーィッ!!誰かーっ!!やめてえええっ!!」 ソファに体は腰掛けたまま、頭だけは叶多から離れようと、首を振り回す祖母。 ソファの前のテーブルに叶多が先程置いたカッターナイフ。叶多はそれを見た。次に祖母を少しの間見る。 叶多は目をゆっくり閉じ、息を吐く。そしてまた目を開く。 叶多はマルを抱えたまま、ものが散らかった床に膝を着き1つ1つ拾い始める。 その上から、ソファから立ち上がった祖母が花瓶を肩まで掲げ、叶多に殴りつけた。花瓶は半分に割れ、床にゴロンと転がるのと同じように叶多も額を抑え蹲る。 皮膚が切れたのか叶多の額から血が流れる。 「死ねっ!死んじまえ!人殺し!!ここから出ていけ!!」 祖母は叶多に向かって叫ぶ。 「なにしてるんだ!!」と今帰って来たのか作業着姿の叶多の父親がリビングの出入り口で焦り、目を見開いた状態で立っている。 その声に叶多は額を抑えながら頭を起こし、父を見る。 「母さん、どうした」 父は祖母に駆け寄る。 「あああっ…いやああああっ、おとうちゃああん、おとうちゃん助けてえええっ…、あああああっ…」 父が祖母の肩を抱くと祖母は子供のように泣きじゃくる。 「大丈夫だよ母さん、俺帰ってきたから、大丈夫だって、」 祖母は「おとうちゃん」「よしにいちゃん」「助けて」を何度も繰り返し叫ぶ。 眉間にシワを寄せながらふらつく足で立ち上がった叶多「…おとうさん」と弱弱しい声で言う。 父は素早く叶多の方に顔を向ける。 瞳孔を上に向けた、敵を見るような目だ。 父の視線の先に立つ叶多。 頭から血を流し、肉塊を腕に抱え服も赤く汚れた叶多。 「イカれてる…糞異常者だお前は」 父はそうつぶやく。 その言葉に叶多は小さく唇を震わせる。 「てめえ、何の真似だ。家に住まわせてやって、飯もやって、…それでもガキかよ」 父は言う。 先程よりは落ち着いた様子の祖母を抱きかえ、リビングから出ていこうとする。 「くっそ、なんで、俺ばっかり、」 父は不満そうに、吐き捨てるように言う。 叶多は口をあんぐりと、開いた。 「………っぁぁあぁあぁあぁあぁああぁあああああああああああ゛ーっ (叶多は背中にあった食卓に自分の腕を叩きつけ、) いあああああ゛ーッ!!!! (足で椅子を蹴り飛ばす) あ゛あ゛あ゛ぎゃあ゛あああああああああ゛ (次に台所のガラス扉の食器棚を拳で殴りつけガラスを割り、) あ゛あああああああああああああああああ (中の食器を掴み床に叩きつける) あ゛あああああああ (次に叶多は自分の頭を壁に叩きつけ、) ああああ゛あぁああう゛ああああああぎゃああああお゛おおおあ゛ああーっ!!! (叶多は頭を壁に血の跡が浮かび上がるほど何度も何度も何度も何度も叩きつける)」 「うるせえ!!クソ野郎!!!!」 叫ぶ父。祖母をソファに座らせるとテーブルに置いてあったテレビのリモコンを掴み、叶多を殴りつける。叶多の腕からマルが落ちる。 喉を張り裂けんばかりに叫ぶ叶多は右手で父を突き飛ばす。 後ろに倒れた父。 「いやあああーっ!!警察!警察、だれか!殺される!たすけてえええっ!!」 祖母が身を守るようにして自分の頭を両腕で抱えながら言う。 起き上がった父。鬼の形相で叶多にズカズカと歩み寄る。父は叶多を殴り付ける。そのままソファ前のテーブルに倒れこむ叶多。 その手に、父の名前が書かれたカッターナイフが触れた。 「……お父さん助けて、」 叶多は小さな声で言う。 カチカチ 叶多は刃先を出す。 父は叶多の服を引っ張り上げ、彼の頭を殴る。 「助けて、助けて…」 叶多はカッターを握りしめる。 父の方に振り返り、カッターを振り上げる。 「お゛どうさん゛助けてエエエエッ!!!」 という叶多の奇声。 父の喉にカッターが深々と刺さった。
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