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父は後ろに倒れ、叶多ももたれるように前に倒れる。 父は「あ…あ…」と困惑した様子で今自分の喉に刺さるカッターを手で撫でる。 叶多は父に被さると、カッターナイフを両手で握りしめ、ぐぐぐと引き抜いた。 血が風になびくリボンのように吹き出す。 血が出なくなった頃、リビングに叶多の泣き声が響く。 目を開いたまま仰向けになって動かない父の上に股がったまま、叶多は両手にカッターナイフを握りしめ、声をしゃくり上げ 「お父さん、帰ってきて、はやくお父さん…たすけて、たすけて、…たすけて…お父さん、お父さん…はやくかえってきて………、」 と泣きながら言う。 「あああっ人殺しだ…、人殺しだああっ…、おとうちゃん、誰か、誰かきてよおおぉ…っ…」 祖母が顔を手で覆いながら泣いている。 叶多は顔を上げ、祖母を見る。 次に床に落ちてしまったマル。 もう一度、叶多は視線を祖母に戻し、まるで見下すような目で見る。 叶多は立ち上がり、マルのもとに行き、抱き上げる。 「マル、ごはんだよ。ごはん、ここにたくさんあるから、全部食べて、元気になってからでいいから、家を治して?マル…。簡単でしょ?僕の手を治してくれたのと同じだよ」 そう言いながら叶多はマルを父親の体の上に置く。 マルはすぐに自身の体を伸ばし、叶多の父親の体を飲み込んでいく。それを咀嚼しているかのように蠢くと、マルの体の表面が角が生えるように伸びていき、根をはやしていうようにリビングを侵食していく。 室内がマルと同じように肉塊の壁や床、天井になっていく様子を叶多は目を輝かせながらみつめ、そのまま、目を閉じた。 叶多の部屋。 叶多は自分のベッドの上で眠っている。 窓から差し込む光が叶多の目元に当たる。 目もとがぎゅとシワがより、薄く目を開く叶多。 不快そうに窓に目を向け、ベッドから身体を起こし、カーテンに手をかける。光が差し込まないようにカーテンを閉じようとしている叶多。 鉄製の物同士がぶつかる音が聞こえる。 叶多はカーテンを閉じる。 学生服に着替え、カバンを持ち、部屋を出る。階段を降り、リビングの入り口前で叶多は足を止め、目を開く。リビングから、油が熱され、何かを炒める音が聞こえて来る。 恐る恐る、叶多はリビングに入ると叶多に背を向け、キッチンの台所でせわしなく動く叶多の父親の姿がある。 振り返った彼の手には手の平に収まるくらいの楕円形の器の中に食材が詰め込まれている。父親はそれを食卓の上に置いた所で叶多に気づいたのか、顔上げ。ああ、と、安堵した声を出す。 そんな父親と目が合い、叶多は緊張した様子で後ずさる。 「ああ、やっと起きた」 「叶多、おばあちゃんの仏壇に線香をあげてくれ」 「ぶつだん?」 父親に言われ、和室に入ると仏壇があり、そこに祖母の写真があった。 叶多はリビングにもどる。 叶多は目を見開く。 「俺、もう行くから、後は自分でやってくれな」 父親は皿を置くと、次に食器棚から小さな袋、インスタントの味噌汁とお椀を取り出す。 「卵焼き、焼いたから、食ってみて」 叶多は慎重に食卓テーブルに座る。 「今日は焦げなかった」 大きな皿の上には目玉焼きとキャベツの千切り、トマト。 隣には味噌汁。 それを見つめる叶多の横からごはんの盛られた茶碗が置かれる。 叶多はびっくりして、父親の方を見上げる。 父親は首を傾げる。 「どした?早く食えよー、今日も学校だろ」 叶多は箸を持って、目玉焼きの端をきる。 向かいの席に父親が同じおかずの乗った皿を持って座る。 「叶多、しょうゆ、忘れてるぞ」 父親が醤油さしを持って叶多の目玉焼きにかける。 叶多は箸で裂いた目玉焼きをゆっくり口に入れた。 「ほら、叶多、早く食べないと、遅刻するぞ」 父親はご飯をかきこむと食器を持って立ち上がり、流し台に置く。エプロンを外して、椅子に掛けておいたネクタイとスーツのジャケットを身に着ける。 「これ、弁当な」 布にくるまれたお弁当がある。 「じゃ、行ってきます!」 父親は、カバンを持って走っていく。 「ねえ、」 叶多は立ち上がる。 「なんだ?」 振り返る父親。 「体、大丈夫?」 「なんだ急に」 父親は笑いながら玄関を飛び出していった。 「行ってきまーす」 用意されたご飯を食べ終えて、制服に着替えた叶多、おばあちゃんが寝ていた和室にはおばあちゃんの写真立てが置かれた仏壇があった。 お弁当を持って蓋を開ける。 掌より少し大きめの容器のなかに半分白米、梅干し、おかすに卵と唐揚げと魚肉ソーセージが敷き詰められていた。 叶多はカバンにしまうと玄関の引き戸を開ける。 横から犬の吠える声が聞こえた。 見るとそこには柴犬が一匹。 「マル、」 叶多は犬を抱きしめる。涙を流す。 マルも嬉しいのか、腕の中で飛び跳ねる。 叶多の頬をなめる。 「マル、マル…、ごめん、ごめんね、マル、マル…」 柴犬、マルを抱きしめる叶多。 「治してくれたの?僕の家、治してくれたの?…ありがとう、ありがとう…、」 叶多は涙を流しながら笑った。
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