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夕方。
交通量の多い大通りから離れるようにして道を曲がって歩く叶多。
少し歩けば、叶多の履くシューズの裏が時々地面と擦れる音が聞こえるだけの閑静な住宅街に入った。
割と新しい洋風の外観の小さな一軒家が並ぶ住宅街の中で、色の暗い木造の一軒家を見据えた叶多。その家の隣の伊藤と書かれた表札の家を横目で見ながら、叶多はその木造の家の外玄関を開ける。
入ってすぐ階段を登ると左手に小さな庭があり、その突き当りには、バケツやホウキや色々中に押し込まれ、物置と化した犬小屋がある。
叶多は玄関の引き戸を開いて中に入る。
玄関を上がってすぐ右手に洗面所、廊下の突き当りに上へ続く階段。
叶多は靴を脱ぐと通学カバンを洗面所の入り口前に置き、シャツの袖をまくり、手を洗い始める。
器にした両手に水を溜め、顔を洗う。
「誰」
予想外の出来事に怯えた様子のしわ枯れた声。
叶多は洗面所の入り口に顔を向ける。
そこには何度も着古され、首周りの襟がよれた服を着た老婆が杖をついて立っていた。
目を見開く老婆は、緊張した様子で叶多を見ている。
「どこから入ってきた」
敵意のある言い方をする老婆。
叶多はそんな老婆を一瞥し、洗面台の下にかけられたタオルで手を拭き、老婆の横を通り、脱衣所から出て行く。
「どろぼうだ、どろぼうだ!!どろぼうだ!!お父さん!!」
その叶多の後ろから老婆が甲高い声で言う。
叶多はまるで聞こえていないとでもいう風に先程おろしたカバンを担ぎあげる。
「出ていけ!どろぼう!!」
と、叫び声を上げた老婆が持っていた杖で叶多の後頭部を殴りつける。
衝撃で「あっ」と声を漏らした叶多は壁に手を付き、殴られた後頭部を手で抑え、歯を食いしばる。
「出てけ!!ここは私の家だ!!」
老婆は杖で何度も叶多を殴りつける。
叶多は持っていたカバンを老婆に投げつけ、靴も履かずに玄関から外へ飛び出す。
「助けて!!誰か!!殺される!!だれか!!」
老婆の叫び声を断ち切るように外に飛び出した叶多は音を立てて玄関の扉を締める。
音が無くなる。
叶多の後ろを知らない誰かが乗った自転車が通る。
叶多は自分の頭を重そうに道路側に向ける。
ふらふらと、面倒臭そうに叶多は家の前の階段に座り込むと、大きくため息をついた。
家の前の街頭が道を照らす頃。
叶多は未だ階段で同じ位置で膝に顔を埋めて座っている。
家の外玄関の門を開き、作業服を来た男性が入る。
門が閉じた音で叶多は確認する為か、ゆっくりと顔を上げる。
「何してんだ」
叶多の目の前には炭で汚れた作業服を着た中年の男性。
「おとうさん」
と呟く叶多。
「近所の人に見られたらどうすんだバカ」
男性は叶多の肩を乱暴に押すと玄関の前に向かい、引き戸を開く。
「早く入れ」
叶多はゆっくり立ち上がる。
「早くしろ」
イライラした様子の男性は叶多に近づき、強引に叶多を家の中に連れ込む。男性が玄関の扉を締めると、その音を聞きつけたのか、叶多を殴った老婆が家の奥からやってくる。
「あら、おかえりなさい」
夕方とはまるで別人のように、優しく、にこやかに老婆は言う。老婆は「あら、叶多くん。かつひろと一緒だったの」と男性と叶多を交互に見ながら言う。
どうやら、老婆は叶多の祖母で、男性は叶多の父親のようだ。
2人を微笑ましそうに見た祖母は洗面所とは反対にある部屋に入っていく。父親と叶多も後について中に入る。
部屋の中は入り口手前にソファとテレビ、奥に食卓と台所のあるリビングだ。
「ご飯できてるから、今準備するからね」
と祖母は台所に向かい、鍋が置かれたキッチンのコンロの前に立つと、叶多が外にいる間に作ったのか、おたまで鍋の中から焦げたおかずをすくって底の深いお皿によそう。
それを見て父親はため息を吐く。
次に父親は炊飯器を開き中をのぞくとあからさまに嫌な顔をする。
中のご飯はお粥のように水っぽく炊きあがっていた。
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