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21
翌朝、天気の良い日。日差しがリビングに差し込む。
叶多の父親は台所で調理をしている。
叶多は父親が盛り付けた料理の乗った皿を持ち、食卓テーブルに運んでいく。
「お母さん、ご飯できたよ」
食卓テーブルの椅子に女性が座っている。力なくだらりと腕を下げ、座っているというよりは椅子に置かれている状態である女性。首の根本から上は隣に住む伊藤の頭部になっている。
「あら、叶多。ありがとう」
伊藤の頭部はそう言葉を発する。
「お母さん。いつもありがとう」
叶多は足元を歩いていたマルを抱き上げ、嬉しそうに微笑む。
「お父さん、良かったね。お母さん帰ってきて」
叶多は父親の方に向きながら言うと、調理を終えた父親も叶多の方を向きながら
「なんだ叶多嬉しいことがあったのか?」と言う。
「なんでもない」
叶多は柴犬の形をしたマルを強く抱きしめ、頭に鼻先を押し付けた。
「叶多、ご飯をたべよう」
父親が言うと叶多はマルを離し、食卓に座った。
叶多と父親は食事を始める。
しばらくすると、女性の首から伊藤の頭部がテーブルの上に落ちてしまった。
叶多は見つめる。取り付けが悪かったのかもしれないと。
父親は食事を続ける。
叶多は父親を見る。父親と同じく食事を続ける。
「お父さん、おいしい」
叶多が言うと、父は叶多の方に顔を向けてニコリと笑う。
「そうか。うまいか」と。
「お父さん、今幸せ?」
叶多は父に聞く。
「ああ、幸せだよ」
父は笑いながら言った。
「俺、マルの散歩に行ってくる」
叶多は立ち上がり、台所に向かう。包丁を持ち、登校用の鞄に入れる。引き出しを開けライターを取り出す。戸窓のカーテンにライターの火をつけた叶多。
ライターを放るとマルにリードをつけ抱きかかえ自宅を出た。
火は上へ上へと伝い、天井へと広がって行く。
火は父を包み、母を包んでいく。
ありがとう。お父さん。
ありがとう。お母さん。
そう思いながら自宅を出た叶多は学校に向かった。
マルを学校の入り口前に座らせる。着ていた制服の上に雨合羽を着て、叶多は靴を履き替えないまま廊下を歩く、今は休み時間なのか廊下には生徒たちが騒がしくしている。廊下にいた生徒の何人かは叶多の姿を驚いた様子で見つめていた。
叶多は自分のクラスの教室に入り、入り口の前ドアの鍵を締め、と教室一番後ろの空席に登校用鞄を置く。
教室にいた生徒たちは叶多の姿を横目に休み時間をすごす。
雑談。
雑談。
廊下を走る足音。
笑い声。
笑い声。
叶多は鞄を開き、包丁を取り出した。1メートルほど先で話をしていた生徒に向かって振り下ろした。
生徒は女子生徒だった。制服の二の腕部分が切れて開く。うまく刺さらなかったと思ったのか叶多は次に女子生徒が座っていた席の前に立っていた男子生徒の腹に向かって包丁の先を向けながら体当たりした。包丁を握りしめる手に何かを突き破るような感覚。
男子生徒は腹を抑えながら後ろに倒れた。
叶多は小さく口角を上げた。
うまく刺さった。
生徒たちが阿鼻叫喚、教室のドアに向かって逃げ込む。
叶多は教室後ろドアに向かう。一斉に人が集まったせいかドアに人が詰まりうまく外に出られていない。
叶多はすし詰め状態の生徒たちの背中に向かって包丁を力強く振り下ろす。生徒たちが目の前で入り乱れるからもう誰に刺したかわからない。廊下の外へと雪崩こむように生徒たちが飛び刺していく。異変を感じた廊下にいた生徒たちが黄色い声を上げる。
叶多は教室前のドアに向かって出られずに集まっていた生徒たちに向かって走っていき、また包丁を振り下ろした。振り下ろす瞬間腰を抜かし、2人が座り込んだ。叶多は狙いもなにもなく思うがままに包丁をふりおろした。どこかに刺さったときに大量の血が吹き出し、叶多の顔にかかった。ぬるくて、どろっとして叶多は感触が気持ち悪かったのか腕で急いで拭った。
鍵がかかっていた入り口ドアが開き生徒たち数人が逃げていく。
叶多は廊下に出た。振り返り、血で汚れた教室を見つめた叶多。
自分が過ごしてきた教室の景色はもうなくなった。
さようなら、教室。
さようなら、クラスのみんな。
「みなさんさようならー!」
叶多は遠くの景色に向かって叫ぶようにして言った。
叶多は走り出す。
「みんなありがとう!先生ありがとう!さようなら学校のみんな!」
さすまたを持った教師たちが駆け付けてくる。
叶多は包丁を当てもなく振り回しながら昇降口へと駆けて行く。
「先生僕はかわいそうな人です!僕のお母さんは出ていきました!産まれて来なくて良かったと言われました!僕はお父さんに殴られてました!おばあちゃんに死ねって言われました!戦争に行って撃たれて殺されろって言われました!学校ではトイレの水を飲んでました!教室でセックスされました!すごくすごくかわいそう!かわいそう!ありがとうお父さん!産んでくれてありがとうお母さん!ありがとうおばあちゃん!ありがとう伊東くん!」
たくさん、さくさん、殴られた。
たくさん、たくさん、失くなった。
周りは、まいにち、まいにち、笑っている。
まいにち、まいにち、僕を見て。
これが自分の存在理由なんだと、わかった。
僕がかわいそうにしていれば、目に入らない誰かが笑う。
可愛そうな人を見て、みんなは幸せを感じれる。
たくさんの人を笑顔にしたい。
だれかが将来を話すときそう言っている。
そう願うなら、自分の不幸を世界中に見せればいい。
今すぐ、人が行き交う交差点にでも立って腹を切り死ねばいい。
大勢の前で火に包まれて死ねばいい。
みんな、地上から悪魔が消えたと喜ぶでしょ。
みんな、自分はきれいな人間だと思い込めるでしょ。
人々はもう、誰かが死んでくれないと生きてる喜びを得られないのだから。
悲鳴は平和を願う歌よりも、流行りの歌よりも耳に残るから。
だから、僕はお母さんがいなくなっても、お父さんに殴られても、おばあちゃんが自分に死ねって言ってきても、教室で裸にされても、誰かが笑顔になるならそれでいいと思った。
もっと、かわいそうな人に。
自分が可笑しいほど可哀想な人であることを、もっとみんなに伝えたい。
これが佐藤叶多の存在理由。
みんなに伝われ。
こんな人間がここにいますよ。
だから安心して。
笑って大丈夫。
あなたは笑っていいよ。
もう泣くことはないよ。
それ以上、自分を殺さなくていい。
俺が代わりにみんなを殺すから。
代わりに狂うから。
代わりに死ぬから。
何度も何度も。
何度だって佐藤叶多は、ここにいる限り、殺して、狂って、死ねるから。
叶多は教師たちを振りほどき、高笑いしながら学校の校舎を飛び出した。
みんな幸せになあれ。
みんな幸せになあれ。
みんな幸せになあれ。
「みんなだいすきだよ!みんなありがとう!僕生きてた!ずっと生きてた!今も生きてる!」
それから包丁を投げ捨て、雨合羽を脱ぎ捨て、叶多はマルを抱きかかえ走り去った。
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