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叶多が学校で姿を見せなくなってから、美術教師は体調不良と偽り学校には数カ月行っていない。 お腹が空いた、といつも利用するスーパーで買い物をしていた教師。調味料が並ぶ棚を歩きながら眺める。手に持っている買い物かごに投げ入れていくのは菓子パンやおにぎり、惣菜。どれも蓋をあければ食べられる商品。レトルトカレーが目に止まった。 これは、叶多が美味しいと言って食べてくれたものだ、と教師はそのレトルトカレーの商品を手に持っていた買い物かごにそっと入れた。 教師は叶多の連絡先をしらない。 叶多が学校にこなくなってから気がついた。 階段を登る、自分の部屋のある方に顔を向ける。 教師の部屋の前に扉に持たれ、膝に顔を埋める少年と小柄な柴犬がいた。思わず足が止まった教師。少年の姿に見に覚えがあった。心臓が熱い。身体が少年に引き寄せられるように足が前に進んでいく。教師は少年のそばで足を止めた。柴犬が不思議そうな顔で教師の顔をみつめている。 「叶多」 教師は少年に言った。 叶多はゆっくり、膝から頭を上げる。 「久しぶり、だな」と教師がぎこちなく笑いながら言う。 「うん。先生、久しぶり」 「どうしてここに」 「先生に、ありがとうを言いにきた」 「ありがとうって?」教師の目が泳ぐ。 「さっきもみんなにありがとうを伝えたんです。だから先生も」 教師の顔を見て話す叶多の頬が赤くほんのり色づいている。なにか顔に塗ったのか、なにもしらない教師はそんなふうに思った。 「せっかく来てくれたんだ。家に入りな」 「犬、いいの」 「バレなければいいさ」 教師は自宅のドアを開いた。 叶多はマルを抱えて立ち上がると、教師の部屋へと入った。 教師も部屋に入ると買い物袋を部屋のテーブルに置く。 「叶多、お腹、空いてないか」 先生が言う。 マルをかかえたまま部屋に立ち尽くしていた叶多。 「お腹、すいてる」 「レトルトだけど、カレーならあるよ」 先生は袋から買ってきたレトルトカレーを取り出した。 「うん」と叶多は言う。 先生は買ってきたものを電子レンジで温める。10分程度で2人分の食事は出来上がり、テーブルに並べた。 先生と叶多は向かい合うように座った。 「久々だから、嬉しいな」 先生が照れくさそうに言う。 叶多は「いただきます」と小さな声で言うと、スプーンを持ってカレーを口に入れ始めた。 2人してしばらく食べてから、「うまいか?叶多」と先生が言った。 「うん」 叶多は言う。 「買っておいて正解だった」 先生が言う。 「先生」 また少し、沈黙の後に叶多が言った。 「なんだ」と先生。食べる手を止める。 「僕、さっき、学校で人を刺してきた」 叶多はまっすぐな目を先生に向けていた。 「原くん、伊東くんは僕とマルで死なせて食べた。お父さん、おばあちゃんは僕が殴って死なせてマルに食べさせた。先生は僕のこと、どう見える?」 「先生は、俺は、叶多がかわいそうに見えるよ」 それを聞いた叶多はちいさく口元を微笑ませた。 「叶多は虐待されて、いじめられて、教師に援交させられて。そうだ、無理やりにさせられたって言ったほうがかわいそうなのが増すかな」 「そう聞こえる?」叶多が言う。 「これだけさせられたら、犯罪するのも無理ないってみんな思うんじゃないかな。この街に住む人は自分が殺されなくてよかったって思う人もいるんじゃないかな」 「この街の人は安心できる、かな」 「叶多がいなくなったら、みんな安心するかもね」 「うん。わかった」 そう言った叶多は安堵の表情をした。それを見て先生は叶多の顔をから目を伏せ、もう一度、叶多の顔を見た。頬がほんのり赤く染まっていることを思い出した。 「すごいな、叶多。学校で人を刺せるなんて」 先生はため息混じりに言った。 「自分の頭の中にいるキャラクターに会えたみたいだ」 叶多は首をかしげた。 「僕みたいな人間は、自分の世界を頭の中で作ってる。お恥ずかしいことに。若い頃はその世界観を表現しようと作品作りにいそしんだものでね。作品と通じて何人もの人を殺してきた。たくさんたくさん。連続殺人犯も世界大戦なんて非じゃないよ。現実で人を殺してないだけで、僕は殺人鬼だ」 「学校のみんなも、殺してた?」 「うん。殺してた。学校は地獄のような所だったから。気弱な僕を殴ってでもそこに行かせる両親も殺した。僕は家族が憎い、いまでも。頭の中で毎日殺しているよ。何百回殺しても、殺したりなくて。つらい」 先生は声を震わせる。そっと、テーブルの上に置かれていた叶多の手を優しく握った。 「叶多。僕は、叶多が大好きだよ。愛してる。僕は、誰も殺すことができなかった。こうして食事を通して生き物の死体を弄ぶくらいしかできない。今日までずっと、いろんな方法で人を殺してきた。僕の代わりに、家族みんなを殺してくれてありがとう。学校のみんなを傷つけてくれてありがとう。ぜんぶ、ぜんぶ、めちゃくちゃにしてくれてありがとう」 先生の目から涙が流れた。 きっとわからない。 誰にもわからない。 温かい涙。 「叶多、抱きしめてもいいか?」 「うん」と、叶多は小さな声で言った。 先生は立ち上がると、椅子に座る叶多の横に立ち、かがみこむようにして抱きしめた。 「大好きだよ。僕は叶多が大好き。いままでごめんなさい。なにもわからなくて、叶多を傷つけてばかりでごめんなさい。ありがとう。大好きだよ。大好き。大好き。愛してる。もう、殺さなくて大丈夫。もう、十分、十分やった、叶多はもう十分やりきった」 「先生の頭の中の僕は、幸せになれる?」 叶多は言った。 「なれるよ。叶多は幸せになれるよ。僕が必ず幸せにするから。約束する」 「先生、今度は僕、カツ丼が食べたいな」 叶多は小さな声で言った。
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