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3
「おい、炊けてねーぞ」
父親は叶多に向かって言い放ち、顎で炊飯器を指す。
「おばあちゃんにやらせんなって言っただろ」
不機嫌な父親の声を聞いて祖母は心配そうな顔をする。
「ご飯、炊けてなかったの?」
「いいんだよ、ばあちゃん。やらなかった叶多が悪いんだから」
父親はため息をついてイライラした様子で頭を搔いた。
「少しは家の事やってくれよ」
面倒くさそうに、何度も同じこと言わせるなと言いたげに言った父親は作業着を脱ぎながら部屋を出て行った。
食卓に叶多と向かい合うように父親と祖母は座る。
着替えてスウェットの部屋着になった父親は煮物と味噌汁に食パンを置いて食べている。
叶多と祖母は水っぽいお米と味噌汁、煮物をつついて食べている。
「ねえ、かつひろ、お母さんはいつ帰ってくるの?」
祖母は父親を見ながら話した。
「ばあちゃん、今はあいつとは離れて暮らしてるんだ、しばらくは帰ってこないの。今朝も言ったよ」
「そうだった?」
「そうだよ」
父親はため息混じりに祖母の話に答え、夕食を口に運ぶ。
叶多は静かに、黙々と、機械のように箸を動かしていた。水っぽいからか、箸でつかめるのは2粒、3粒程度。それを口に何度も運ぶ。
父親が叶多を睨む。
「それ、お前全部食えよ。俺は食えねえからな」
叶多は何も答えずに口に米を運ぶ。
しばらく、3人の咀嚼音。
時々、カチンと、食器に箸が当たる音。
「叶多くんは今何年生なの?高校生?」
祖母が言う。
叶多は答えない。
「ねえ、叶多くん」
祖母が言う。
叶多は何も言わない。
「…何で答えてくれないの、···おばあちゃんがボケてるからってバカにしてるんでしょ!!」
涙ぐみながら叫び声を上げた祖母が箸をテーブルに叩きつけた。
「ああ!!おばあちゃん死にたい!!死ねって思ってるんだろ!!!おばあちゃんお年寄りなんだよ!!なんで優しくしてくれないの!!!今からそんな態度とってたらいつかバチがあたるからね!ろくな死に方しないよ!!」
そう言ったおばあちゃんは顔を手で覆い、テーブルに頭を押し付けて噎び泣き始める。
父親は舌打ちし、同じく箸をバチンとテーブルに置いて立ち上がり、「おい」と言って叶多の頭を上から下へ殴りつけるように叩く。
「…中学3年生、」
ポツリと聞こえるか聞こえないかの声で叶多は答えたが、祖母は聞こえていないのか泣き続ける。
「ほら、母さん泣かないで。ご飯食べてくれよ。な?」
父親が泣き続ける祖母の肩を擦る。
叶多は呆れた目でそれを見つめる。
2階に上り3つあるうちの一つの部屋に入り電気を点ける。
叶多の部屋なのか、通学用のカバンを下ろす。
6畳ほどの部屋の正面に窓、真ん中に丸テーブル、右側にベッド、その反対にハンガーラック、そのすぐ横の壁端に学校で使うのであろう教科書類が積み重なったまま床に置かれている。
叶多はハンガーラックの下のかごに入れておいた灰色の、襟元がゆるくなったスウェットを抱えて、洗面所に向かう。
洗面所の反対側からはテレビを見て笑う、祖母と父親の声が聞こえる。
叶多は制服の下に着ていたワイシャツを洗濯機に入れる。
制服も入れようとしたが、手洗いとマークがされており、洗濯機の近くに置いてあった液体洗剤を持って浴室に入る。
浴槽のフタの上に制服を置き、先にシャワーで手を洗う。
入念に手を洗い流すと、洗面器にお湯を溜め、液体洗剤を制服の襟もとに垂らしそのまま手で洗い始める。
明かりが消えた部屋の中ベッドの中で叶多は横になる。
窓から漏れる外の光が反射し持っているビー玉が光る。
叶多はしばらくそれを見つめると口の中にビー玉を入れ、口の中でカチャカチャと転がし始める。
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