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8
夜。
住宅街の窓の明かりはほとんど消えている。
人々は寝静まった後なのだろう。
街の上空を、輝く物体が、尾を引き、叶多の通う学校の裏手にある城山へと落下する。
叶多が学校に登校すると、生徒たちは口々に城山に隕石が落ちたらしいと、教師も含めて一日中その話題で持ち切りだった。
放課後、帰り支度をする叶多の机の前にやってきた原。
「おい、佐藤」
呼ばれて顔を上げた叶多。原はそんな叶多に対し、奴隷を扱うように自分の顎をクイと上げる。
意味を理解しているのか、叶多はカバンを持ち立ち上がった。
原と丹治、伊藤、叶多がやってきたのは城山の頂上。
そこには、廃墟と化した元旅館の建物が放置されていた。
車を20台ほど止められる駐車場の出入り口を塞ぐチェーン越しに、3階建てのコンクリートの建物が4人の目に入る。
しばらく人が出入りすることもなかったのか、その場に立つ4人の周辺を小さな虫がうるさく飛び回り、見ると駐車場のコンクリートの地面からは草が無造作に割って生え、建物の窓ガラスは割れ、老朽化で壁が剥がれ落ちている。
「うわ、口に入った!」
丹治がぺっぺっと口から何かを出そうとする。
それを横目に原は建物と叶多を交互に見ていた。
「お前、入ってこいよ」
叶多は不安そうに顔を上げた。
原は叶多の後ろに回り込むと叶多のカバンの口を開き、中に手を突っ込む。
叶多は慌てて、背中を反対に回したが、原の手には財布が握られていた。原は財布から、お札を取り出すと、財布を逆さにし小銭を地面にばらまく。
叶多は急いで膝を付き、落ちた小銭を拾おうとするが、横から丹治が顔を蹴り飛ばす。叶多が倒れ込んでいる間に、原は、助走をつけ、財布を高々と元旅館の中へと放り投げた。
それを見て丹治も真似をして、叶多の私物を中に放り始める。二人は飛距離を競うように数回投げると、飽きたのか、うずくまる叶多の方を向く。
「お金もらってくから」
「かえして」
「隕石見つけたら返してやるよ」
「かえして」
原のほうが力が強いのか、叶多は抵抗もできずに突き飛ばされる。
「触んな。うわっ!やべえ、白いの付いた!」
原はわざとらしく、汚いもの拭き取るように丹治の制服に手をこすりつける。
それをされた丹治は嫌がりながらも叶多をバカにするのを楽しんでいる様子だ。
叶多を蹴り飛ばした原はお札を学生服のポケットにいれると、その場を後にするのか叶多に背を向け、来た道を戻り始める。それを見た、丹治と伊藤も後に続き、そしていなくなった。
三人がいなくなってからやっと体を起こした叶多。
蹴られた頭が痛むのか、手で頭を抑える。
廃旅館のほうへ目を向ける叶多。
立ち入り禁止のチェーンの向こうに先程原たちに投げられた叶多のノートや財布、教科書が散らばっている。叶多はチェーンをまたぎ旅館の駐車場に脚を入れた。
少し歩いただけで叶多の顔に蜘蛛の巣が張り付く。
頭を振り、顔を手でこする。
人の字に開かれた教科書の背表紙をつまみ上げ、ぱたぱたと砂をはたき落とす。
一通り、投げられた私物を拾い上げると、叶多は頭を上げた。
叶多の住む街に廃墟は珍しくは無い。叶多も幼い頃から遠目ではあるがこの廃旅館を目に入れていたものだったから、特に興味を引くものではなかった。
しかし、チェーンを超えて間近で見る廃旅館は、人の存在感を微塵も感じさせない、異質なもののように見える。旅館の入り口らしき割られたガラス戸を叶多は向こうを見るように見つめた。
突き当りに窓が見える。
叶多は視線をしたに向けた。
風が吹く。
叶多の視線の先に小さなわたの塊のようなものがその場で風に煽られていた。
旅館の周りを埋めるように乱暴に生い茂った草木が後ろに手前に揺れる。
目を細め、叶多はそっと近づく。
旅館の入り口前に立つと、足元に、頭と羽が申し訳程度に残った鳩の死体が目に入った。
体半分が紙を縦に破いたように切り裂かれ、そこから半円上に乾いた血が床に張り付き、内蔵であろうか、紐のようなものが顔を出していた。
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