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9
夕方。
鳩の目は死んでいるのが不思議に感じてしまうほど今にも開きそうに見える。
叶多が鳩から目を旅館の中に向けると、もう一羽、鳩の死体が置かれていた。
叶多は足元の鳩の死体を拾い上げると、旅館の中に入り、網一羽の死んでいた鳩を抱きかかえた。
鳩が死んでいたところには羽が散らばっている。そこから、道標のように羽が階段までひらひらと落ちていた。
叶多はそれに惹きつけられるように、羽に沿って階段まで歩く。
足元は割れたガラスや、石、この場にふさわしくないマネキンや空き缶、ゴミが散乱していた。叶多は足元に目を向けながら、ガラスの破片を特に注意しながらまたいで行く。
叶多が歩くたび、ミシリミシリと砂利を踏みつける音が、建物内に響く。
ミシリ。
ミシリ。
ミシリ
ミシリ。ミシ。
ミシリ。ミシ。
ミシリ。ミシ。
叶多の足音にかぶせて、彼と似たような生き物の足音が響いた。
叶多は一階から階段の上を見上げた。
建物のきしむ音だろうかと思ったのか、叶多は脚を止め、階段の上を凝視した。
ミシ。ミシ。
踏みつけるような音。
叶多は階段を見る。
登れると判断したのか叶多は1段ずつ足を上げた。
壁沿いに登っていく。
あと5段というところまで登った叶多。ふと顔を上げると、なにかが叶多の顔をめがけて飛んできた。
叶多は瞬時に頭を下げた。
1段上の階段に壁の破片がパラパラと落ちる。
叶多が頭上を見上げると、先程、自分の頭があった所に紐状のものが壁に突き刺さっていた。
それはうねうねと、タコの足のように波打つように動いた。
「えっ、」
思わず声をもらした叶多。
抱え持っていた鳩の死体を握りしめる。
壁に刺ささったタコの足のようなものに引っ張られるように階段向こうの2階から、赤黒いものが顔を出す。
全体は人の頭ほどの大きさだが、姿は、旅館の入り口前で死んでいた鳩の内蔵のような、生物の臓器をひとまとめに固めたようなものだ。そこから、壁にささったタコの足のようなものがのびていた。
足を引き抜くと、タコの足は力なく階段にへたりこむ、本体は形を常に同じようには保てないのか、液体が流れ落ちるのと同じように降りていく。まるで獲物を狙い、忍び寄る猛獣のように叶多の足元まで近寄る。
それまで叶多は怯えた表情で鳩を胸に抱きかかえたまま両足を折りたたませる姿勢で、縮こまったままになっている。
鳩を握りしめる。
食いちぎられた鳩の死体に目を向けた。
次に、弱々しく、今にも形が溶けて崩れてしまいそうなそれに目を向けた。
「お腹が、すいてるの?」
叶多は抱えていた鳩をそれに押し付ける。
「大丈夫だよ、たべれるから」
それは鳩を飲み込む。
叶多は網一羽を差し出すと、それは鳩をゆっくりと飲み込んだ。
叶多はその様子をみて微笑む。
しかし、それはまだ力なくその場にとどまるだけである。
それはからだから職種をはやすと叶多の指に絡みつく。
叶多は自分の左手を見つめた。
次に、それの表面に触れると、左手はゆっくりとそれに飲まれていく。
それは激しくなみうちやがておとなしくなる。それをみて、叶多がゆっくり左手を引くと、それに飲まれていたところから左手がなくなっていた。
なくなったところから叶多は断面図を見ると、血が出るのもなく、はじめからそうだったかのように皮膚としてふたがされている。
叶多が不思議そうに自身の左手首を様々な角度から見つめた。
中で咀嚼しているのか、それはいまだに全身を蠢かせていた。
叶多はそれを見て、安心したように口元を緩ませた。
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