【第四話】宴

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 確かに鈴木さんは徐脈性不整脈という疾患を抱えている。だが、疾患を感じさせないくらい明るく元気で、俺の目標だった。そんな鈴木さんが不調を抱えているとは……。  俺が言葉を発する前に反応したのが香織さんだった。 「鈴木さん、定期的な受診は続けていますよね?」 「あぁ、うん。ちゃんと病院には毎月行って、検査は受けてます。そのたびに異常がなくて、舞と喜んでるけど……」  とりあえず、俺は安心する。  ふふっと笑って香織さんは言った。 「それなら大丈夫ですよ。総合病院の医師の診察で異常がないなら」  俺と鈴木さんは、思わず顔を見合わせた。鈴木さんが通う総合病院は香織さんの前の職場だ。だから事情を知っている。鈴木さんの主治医のことも知っているはずだ。 「鈴木さんが抱える不調って、首や肩や腰の痛みでしょ?」 「うん。舞に湿布を貼ってもらうんだけど、治らない。だからちょっと不安でさ……」  たっぷりと時間を取って、鈴木さんは香織さんに聞いた。 「ってか、どうして俺が肩や腰が痛いってわかるの?」 「だって」  そう言って、香織さんは畳の上で気持ちよさそうに眠っている瞬くんを見やる。 「きっと、鈴木さんは仕事と同じように子育ても頑張ってるでしょ?」 「確かに。健ちゃん、必ず瞬ちゃんをお風呂に入れてくれるし、あと、お休みの日は公園に連れてってくれたり……」  鈴木さんのことを「健ちゃん」と呼ぶのは舞さんだ。瞬くんが生まれてからもそう呼び続ける舞さんがいいなぁと思った。 「そうだけど……。ってか、俺の不調ってただの筋肉痛?」 「精密検査をしたわけではないので、そうとは言い切れないけど、話を聴く限りではそうかと」 「そっか、よかった。ほら、俺みたいに病気を抱えてるとさ、ちょっとの痛みでどっか悪いんじゃないかって思っちゃうじゃん」  そう言って鈴木さんは言葉を切る。そして缶チューハイをあおり、ふっと寂しそうに笑った。 「そっか、ただの筋肉痛か。よかった。確かに、湿布貼ってちょっと楽になったかなぁって思ったら、また瞬を抱っこだもんな。そりゃあ治る暇なんてないか。瞬は日に日に重くなってくし」  うんうんとうなずきながら、鈴木さんはひとりごとのように言い続ける。人知れず鈴木さんも抱えているものがあったのだ。俺は初めて鈴木さんの弱さに触れた気がした。
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