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【第四話】祭りのあと
*
今夜の宿泊先へと向かう鈴木ファミリーを見送り、俺と香織さんは何となく敷地内のベンチにいた。
すぐに後片づけや風呂といきたいところだったが、ふたりとも疲れが出たのかそんな気分にはなれず、ベンチに移動したのだ。
特に俺は夜明け前から起き出して釣りに行っていたので、本当に長い一日だった。同時に香織さんのペインクリニックも短いながら夏休み期間に突入し、いくらでもダラダラする時間があった。だから後片づけは明日でもいい。
夜の遅い時間をベンチで過ごすのは初めてだった。敷地に設置している常夜灯のほかに明かりはなく、集落の明かりもまばらだ。
少しの心細さが去就するが、すぐ隣に感じる香織さんの温もりの方が断然勝る。
「瞬くん、かわいかったね」
「うん、かわいかった」
「ちんちゃん、って」
ふっと香織さんは笑った。だが、その直後、すんと洟をすする。俺にもその理由がわかり、何とも言えない気持ちになる。香織さんの肩に腕を回すことしかできない俺は、ぐいと力をこめて彼女を引き寄せた。
「もし、あの子が生まれていたら、今日なんか、瞬くんと一緒に遊んだのかな……」
俺たちには、たった数週間だけだが、子の親だった期間がある。
島に移住する前の話だ。俺の障害によって性行為ができないため、不妊治療で授かった命。その尊い命は、わずかな期間ではあったが、俺たちを幸せな気分にさせてくれた。
流産という悲しい形で終わってしまった命のことを、決して忘れていたわけではない。だが、実際に体内に宿していた香織さんほどに当事者意識を持っていたわけではないことも事実だ。
「ごめん。俺、瞬くんをかわいがり過ぎて、香織さんを嫌な気にさせちゃったね」
「ううん、それは違うよ」
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