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似たような衣服を挙げるなら甚平か。だが甚平の下衣が洋服でいうところのズボン状になっているのに対して、今俺が着ている下衣は巻きスカート状だといえばわかりやすいだろうか。
いや、そんな理屈はどうでもいい。とにかく俺が今着用している衣服は、車椅子ユーザーが楽しむために作られた、れっきとした浴衣だ。
濃紺の縦じましじらの浴衣に鼠色の帯。今頃、同じ鼠色の帯を結んでいるだろう香織さんに思いをはせつつ、俺はクリニックの休診日である日曜にもかかわらず着付けを手伝ってくれたゲンキくんに礼を言った。
「ゲンキくん、わざわざありがとうな」
「いやぁ。ってか、真也さんって和装が似合いますね」
「そう?」
「はい。僕のばあちゃんが好きそうな感じかな。ってかばあちゃんに見せたいから、僕のスマホでも写真撮っていいです?」
「あ、別にいいけど……」
普段写真を撮ることには長けている俺だが、他人のカメラやスマホで撮られることに関しては全くの素人だ。俺はさっき着付けたばかりの襟元を気にしたりする。
「そんな構えなくていいのに……。ってかさっき真也さんのスマホで撮ったでしょ」
「さっきは俺が確認する用だから適当でよかったんだよ」
「何ですか、その理論。……じゃあいきますよ。はい、痛いの痛いの?」
「飛んでけ!」
よっしゃ、その文言で来ると思ってたんだ!
だが、思わず得意になってピースサインまでした俺に、ゲンキくんは容赦ない。
「全く何ですか、その古臭いピースは」
「え?」
どうやら今の若い人たちがするポーズは、顔の横で人差し指と中指を立てるものではないらしい。
「真也さん、本当にプロなんですよね……?」
冷たい視線で攻撃してくるゲンキくんだが、俺には強みがあった。
「あっ、俺、ガチの仕事では、そんな型にはめたような合図はしないから」
そう、俺のスタイルは、被写体である人物と会話をすることによって、一瞬の隙をついてシャッターを切るというものだ。
「あー! そうでした。真也さんの撮り方ってちょっと癖が強いんでした」
「へへっ。俺のスタイルは誰も真似ができないんだよっ」
「でも、それが撮られる人の魅力さえも引き出すっていう手ごわいやつだった」
そんなアホみたいな会話をしていると、診察室のドアがノックされた。ゲンキくんが真顔になり、俺にささやく。
「真也さん、せっかくの浴衣がだめになったらだめなので、鼻血だけは出さないでくださいね」
「頑張る」
表情を引き締め、俺は「どうぞ」と返事をして、ドアが開くのを待った。
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