【第四話】写真館での「初仕事」

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【第四話】写真館での「初仕事」

*  かつて──。  交通事故に遭う前の俺は商業カメラマンだった。小さな写真事務所に所属して、主に衣料品扱うスーパーマーケットのチラシモデルを撮影していた。決して垢抜けているとは言えないモデルが、主に食品を扱うスーパーマーケットのチラシの裏側に掲載されている写真。確かに三流の仕事ではあったが、俺なりにモデルの魅力を引き出せていると自負していた。だから、こういった撮影は得意としていた俺だった。  この島に移住して開業しても、鳴かず飛ばずの写真館。だが、幸いなことに美香さんや生田さんの撮影をこなしてきたから、全く仕事がなかったわけではない。  写真館が本来の写真館としての機能を果たす記念すべき瞬間なのに。そして俺はプロのカメラマンなのに。  白いスクリーンをバックにしてやや戸惑った表情の香織さんを前に、あろうことか俺はあり得ないほどに緊張していた。さっきの仕事モードは急速に萎えてしまった。  香織さんが着用しているのは、山吹色の地に紫色や青色の朝顔が描かれた浴衣。帯の色は俺と同じ鼠色だが、浴衣の地の色よりも濃い山吹色の帯飾りが映えている。  さらに、普段は無造作に束ねているだけの髪を下ろして片側に流し、もう片方を浴衣の柄と同じ青色の朝顔の髪飾りで飾っている。晴美さんがヘアアイロンを使って少し巻いてくれたようで、明らかにくせ毛とは異なるウェーブになっているのが、またよかった。  気後れしながら、俺は照明のスイッチを入れる。 「ちょっと、やだ……。こんなに明るいの?」  しかめ面で抗議をする香織さんに、ふと我に返った。 「うん。プロの撮影はこうなんだ」 「でもあたし、ポーズとか取れないんだけど」 「うん、それでいい。ってか、そのままの香織さんがいい。俺は、そのままの香織さんを切り撮りたい」  俺はカメラを三脚に固定することなく構える。  肉眼ではなくて、ファインダーを通して見つめる香織さん。ファインダーの先に戸惑ったような表情でたたずむのは確かに俺の妻だが、カメラマンとしての俺が見つめるのは、まだ自らの魅力に気づいていない被写体の美しさ。
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