74人が本棚に入れています
本棚に追加
俺はどうやってその美しさを引き出そうか思いを巡らせる。
いったん、俺は構えていたカメラを下ろした。
「香織さん。このあと夏祭りに行くじゃん」
「うん」
よし、思った通りだ。カメラ越しに見つめられると委縮してしまう香織さんの緊張をほぐす唯一の手立て。それはカメラを構えないこと。
俺はカメラを下ろしたまま、だが撮影するチャンスはうかがったまま、香織さんとの会話を試みる。
さっき話題にした夏祭りとは、集落の小学校で催されるものだ。移住して迎える初めての夏休み。ただの移住者とは違って開業している俺たちが参加できる催しには積極的に参加しておいた方がいいというクリニックのスタッフたちの意見を参考にして、これから顔を出そうというものだ。
「何、食べよっか」
俺がそう言うと、ふふっと香織さんが笑う。今の表情、よかった。反射的にカメラを持ち上げそうになったが、もう少し我慢。
「食べることばかり?」
「だって、夏祭りといえば屋台でしょ」
「確かに。焼きそば食べながらビール飲みたい」
「いいね。飲もう」
香織さんの緊張がほぐれていくのがわかる。一方俺は、いつでもカメラを構えてシャッターボタンが押せるように緊張を高める。
「ねぇ真也くん」
「ん?」
「あとで、ツーショットの写真が撮りたい」
少し視線を伏せてはにかんだ香織さん。シャッターチャンスだったのに。一瞬の隙をついて香織さんの表情を切り撮る自信があったのに。だが俺は撮れなかった。
最初のコメントを投稿しよう!